リサ対ユーシャ 一本目
ドーンッ、と。
巨大な爆発音にも似た轟音が響きました。リサとユーシャが剣を打ち合わせた勢いがあまりに強すぎて第五迷宮全体がビリビリと震えているのです。
もし何も事情を知らない冒険者がこの迷宮のどこかにいたら、神造迷宮の中で大地震が起こったとでも思うのではないでしょうか。
「うひゃ!?」
『あ、これちょっと危ないわね。音がうるさすぎて人間だと鼓膜が破れかねないかも』
咄嗟にヒナが砂中のガラス成分を液体化して抽出。
分厚いドーム状にして観戦していた皆を覆いました。
ガラスというと割れやすそうなイメージがありますが、彼女の能力によって液体の状態が保たれており、防音壁としての役割は十分に果たせそうです。
加えてヒナは周辺一帯の空気に液体としての性質を持たせて掌握。
目に見えない圧縮空気と真空の壁をガラスドームの上に幾重にも重ねていきました。そこまでしても完全に安心できないあたり空恐ろしいものがありますが。
『とりあえずは、これで良しと。でも、細かい砂利とかがこれでも防ぎ切れない勢いで飛んでくるかもしれないから、念のため人間の皆は身体強化を全開でかけておいたほうがいいわよ』
「観戦も命懸けとは参ったね。ありがとう、ヒナ君」
対策無しでは見ているだけで大怪我をしかねません。ギャラリーの中でも特にひ弱なレンリなど、身を縮めて幼女達の後ろに隠れるようにしています。
『どういたしまして。それよりもリサ様たちはどこに』
ヒナの疑問は最後まで口にするより早く解消されました。
最初の激突は駆け引きも何もなく、単に長剣形態の聖剣を打ち合わせただけ。しかし聖剣の特性は、使い手のイメージ通りにいかなる形、いかなる大きさにも自在に姿を変えるというもの。本番はここからです。
「あれ……急に、影……が? 雲……え、えっ?」
「もしかして剣なのか、アレ?」
雲一つない灼熱砂漠であるはずなのに周囲一帯が急速に影に覆われました。いくら通常の世界とは異なる法則が支配する迷宮内とはいえ、これほどの早さで夜が更けるはずもなし。
驚いて空を見上げた皆が目にしたのは、空中で巨大な剣を振りかぶる二人の勇者。
巨大な、とても巨大な剣の刀身は現時点でも全長何km、何十km、あるいはそれ以上か。あまりに長すぎて目視ではとても測り切れません。
長さばかりでなく横幅に関しても相応に。常識的なのは持ち手が握る柄の太さくらいでしょうか。おまけに現在のサイズで止まることなく剣身は更なる拡大を続けているようです。
そのような、下手をすれば星でも解体できそうな巨大剣を構えていた二人は、まったく同じ技を同時に繰り出しました。力一杯のフルスイング。バットでボールを打とうとするかのような豪快な横斬りです。
長大な剣の先端速度はたちまち音速を遥か超過。
空気との摩擦で発生した膨大な熱が大気中で大小無数の水蒸気爆発を引き起こし……そして、そんなトンデモ剣同士が真正面からぶつかったりしたらこれはもう大変です。最初の挨拶代わりの一合など比べ物にもならない音と衝撃波で、下手をすれば迷宮そのものに致命的なダメージを与えかねません。
幸い、そうはなりませんでしたが。
双方の武器が激突する直前。
二つの巨大剣のうち、リサが持っていた側がパッと煙のように消えました。
すると必然、ユーシャの剣は宙をスカッと空振る形になります。
「おお、アレをフェイントに使ったか。流石にリサは上手いな」
「ん。流石」
師弟というだけあって、シモンにはリサの打った手がすぐに理解できた様子。
リサは初撃と同じく真正面からの力勝負を仕掛けたと思わせて、剣同士がぶつかる直前に自らの武器そのものを瞬間的に消して相手の空振りを誘ったのです。同じ聖剣使い同士とはいえ、このあたりの駆け引きに関しては先輩勇者のリサに一日の長があるのでしょう。
ユーシャも素早く反応しましたが、対応を考える隙がコンマ一秒ばかり生じてしまいました。この神話的とすら言えるレベルの戦いでそれほどの隙は致命的です。
「隙あり! こちょこちょこちょ……」
「あははははは! おっと、しまった」
素早く空中を駆けて相手の背後を取ったリサがガラ空きの脇腹をくすぐると、ユーシャは笑った拍子にうっかり持っていた聖剣をポロっと手放してしまいました。
二人が剣を振った際に生じた風圧やら爆発やら災害染みた規模の砂嵐やらで迷宮内の大気は荒れに荒れています。その視界の悪さや乱気流の影響でリサの接近に気付けなかったのでしょう。
「知らなかった。人は脇腹を触られるとおかしくないのに笑ってしまうのか」
「ふふふ、一つお利口さんになりましたね」
一本目はこれにて決着。
勝者、リサ。
決まり手、くすぐり攻撃。
◆実はリサは前作の本編終盤時点よりもだいぶ強くなっていたりします(アリスとはずっと互角のままですが)。その理由については近いうちに触れるかも。




