新旧勇者対決
リサ対ユーシャの新旧勇者対決。
如何にして二人は戦うことになったのか。
生意気な後輩勇者をシメて上下関係を叩き込んでやろう、とか。
目障りな先輩勇者に下剋上をキメて自分こそが勇者業界(総勢二名)のテッペンを取ってやろう、とか。
もちろん、そんな理由ではありません。
むしろ動機の方向性は正反対。
「はじめまして、こんにちは! わたしがユーシャだ、です!」
「はい、はじめまして。ユーシャちゃんは元気が良いですね」
神造迷宮内、第五迷宮『炎天廻廊』。
未だほとんど到達した者のいない迷宮内大砂漠にて、二人の勇者は実ににこやかで和やかな初対面を果たしました。
勇者であるという点を差し引いても真っ直ぐで捻くれていない気性の持ち主同士。よっぽどのことがない限り敵対するようなことはないでしょう。
そう、敵対はしません。
悪意、敵意の類はありません。
ただ、だからといって戦わない理由にはならない。
これから行われることは、親睦を深めるための一種のレクリエーションみたいなものと思えば幾分分かりやすいでしょうか。
「皆が言ってたんだ。相手のことをよく知って仲良くなるには、とりあえず一回本気で戦ってみるのが良いって」
「ああ、なるほど。ちょっと過激な気はしますけど、わたし的にも心当たりがないわけじゃないから否定もしにくいですねえ」
まだ人生経験が大きく不足しているユーシャは、周囲の人々に話を聞いて彼女なりに考えたのでしょう。少し離れた位置で二人の会話を聞いているギャラリーの約半分もコクコクと頷いて同意を示しています。
「どうしよう、これ一応ツッコんだほうがいいのかな?」
ギャラリーの内、頷かずに首を傾げていた側に属していたレンリが一応疑問を口にしてみましたが、
「どこかおかしい?」
「うむ。一方的な暴力は良くないが、対等な条件下での戦いであれば、それはむしろ互いを認め合うための通過儀礼とも言えよう」
『これくらい世間の常識なのよ? お姉さん、何を言ってるの?』
「あれ、おかしいの私?」
と、ライムとシモンとウルの共感は得られませんでした。
レンリが思う常識はこの場では通用しないようです。
ちなみにこの場にいるギャラリーの内訳は、レンリとルグとルカ。シモンとライム。迷宮からはウルとヒナ。ゴゴは武器としてユーシャと一緒に戦うのでこの中には含まれません。
『我は実感としては分からないけど、でも、そういうのちょっと良いかもね』
「ヒナ君もそっち派だったか。でも実際にそういう経験はないってこと?」
『ええ、こないだ街で観た辻芝居でそういう展開があったの。最初は仲が悪かった二人の男が、時にぶつかり合い、時に協力し、やがて二人の間には友情を超えた感情が、って。正直、最後のほうは専門用語の意味が難しくて我にはよく分からなかったんだけど、あれってどういう意味だったのかしら? 周りで観てたお姉さん達はすごく盛り上がってたんだけど』
「うん、それはヒナ君にはまだちょっと早いかな」
レンリは言葉を濁して曖昧に答えました。
世の中には分かっても口にしないほうが良いこともあるのです。
「ところで、今更だけど私達ってここの迷宮に入って良かったの? まだ三番目のヒナ君のところも終わってないのに」
そして、やや強引に話を逸らしました。
まったく心にもない疑問というわけでもありませんが。
『ええ、それは大丈夫。我の立場でこう言うのもなんだけど、その入れる入れないの許可って割と管理が適当なのよね。迷宮の誰かが一緒ならフリーパスみたいな感じで。ここの第五の子なら、まあ文句も言わないだろうし』
「それと、もう一つ。なんで第五迷宮なの? ゴゴ君の第二は通路が狭くて派手な戦いをするのに不向きだとしても、べつにウル君かヒナ君のところでもいいんじゃない?」
第五迷宮の大半は見渡す限り広がる灼熱砂漠。
砂漠以外はマグマの川が流れる火山地帯という、およそ生物の生存に適しているとは言えない環境です。現在レンリ達がいる位置はちょうど巨大な岩の陰になっているので比較的マシですが、日向に出ればあっという間にこんがり日焼けしてしまうでしょう。
そんな劣悪な環境をあえて選んだ理由は簡単です。
一つは、他にまったく人目がないから。
勇者対勇者という好カードですが、万が一にも事情を知らない部外者に見られるわけにはいきません。その点、この第五迷宮はそもそも到達した人間が少ない上に、入る資格を持っている者も過酷な環境を嫌って攻略を諦めるケースが大半。人に見られる心配は要りません。
「いち、にい、さん、し……っと。はい、お待たせしました。準備運動はこれくらいでいいでしょう。急に激しい運動をすると健康に悪いですからね」
「うん、流石は勇者の先輩。略して勇パイ。若いうちから健康には気を付けておけと、この前バイトしたお店のおじいさんも言っていた。特に腰とか。腰とか」
「その略し方はちょっと……まあ、見てる皆をあんまり待たせるのも悪いですし、そろそろ始めますか」
「うん。スポーツマンシップに則って……スポーツかな、これ? まあいいか、大体そんな感じのやつに則って正々堂々戦おう」
「すいませーん。誰か開始の合図をお願いします」
リサとユーシャは無事に準備を終えたようです。
そして審判役として手を挙げたシモンがカウントダウンを始めました。
ほのぼのとしたやり取りからは緊張感の類はまるで感じられません、が。
『どうして第五を選んだか? ええと、あんまり大声では言いにくいんだけど』
『だって、勢い余ってうっかり自分の迷宮を壊されたら困るの。砂漠なら何がどうなっても最初っから壊れて困る物もないし丁度いいのよ』
『ええまあ、そういう理由で。我も島とか沈められるのはちょっと……』
『前に女神様が「あの人達は“ついうっかり”で割とそういうことする」って言ってたの』
先程のレンリの疑問に、ウルとヒナの迷宮二名が答えた次の瞬間です。
「三、二、一……始め!」
シモンの合図と同時に、二つの聖剣が激しくぶつかり合いました。




