春爛漫の大一番
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季節はすっかり春爛漫。
朝夕の肌寒さを感じる日も少なくなりました。冬の間に活躍してくれたコートや手袋もぼちぼちと役目を終えて、タンスの中で長期休暇に入る頃合いでしょうか。
さて、そんな暖かな気候の中で。
「はは、ルカは今日も可愛いな」
「そ、そう……? ふふ、ルグくん、も……カッコいい、よ」
ルグとルカの二人はいつものようにイチャついていました。暖かな春の陽射しが極寒のブリザードのように感じられてしまうような熱々ぶりです。近くに煮物の鍋でも置いておけば上手い具合に美味しく仕上がりかねません。
「それでさ、ルカ。今日もいいかな、アレ?」
「えと……まだ、ちょっと恥ずかしい……けど」
人間、立場が変われば自然と中身も変わるもの。まださほど長いとは言えない交際期間の中で、二人の内面もずいぶんと大胆な方向へと成長してきたようです。
「あ、でも……ここだと、他の人……見てる」
「大丈夫だって。むしろ見てもらうくらいの気持ちでやったほうが、えっとほら、二人だけでするより良いってこともあるかもしれないし。なっ?」
「うん、ルグくん、が……そう言うなら。あの……優しく、してね?」
「ああ、もちろん。それじゃ、触るぞ?」
「う、うん…………あ……んっ」
そして、彼はゆっくりとルカの白い肌に手を伸ばし――――。
「こらこらこら! キミ達は真っ昼間から天下の公道でナニをしとるんだね!」
「なにって、手を繋ぐ練習だけど。どうしたんだ、レン?」
「顔、赤い……よ? 大丈夫?」
ルグとルカの極めて健全かつ全年齢に問題なくお出しできる会話から、何かしら異なる文脈を誤読してしまったのでしょうか。買ったばかりのナイフをウットリ眺めて悦に入っていたレンリが不思議と慌てた様子で話に割り込んできました。
ちなみに危ない目で抜き身の刃物を舐めまわしているのも本来であれば立派な通報案件なのですが、レンリがその件で職質を受けることは最早ありません。少なくともこの近所においては。
というのも、この街に来て間もない頃から同様の奇行を幾度となく繰り返した結果、近隣に住む善良な一般市民の皆様や周辺地区の巡回を担当する衛兵諸氏にすっかり顔を覚えられてしまい、「ああ、またか」とスル―されるようになってしまったのです。実にイヤな顔パスです。
「ほら、最近やっとルカと握手をしても手が痛くならなくなってきたんだよ。練習して少しずつ慣らしていった甲斐があったな」
「えへへ……がんばった、よ」
「手? 手を繋ぐ? ああ、そういう……」
だんだんとレンリにも状況が呑み込めてきました。
ルグとルカの手は正面から握手をする形で結ばれています。
交際を開始した直後はルカの心理的動揺ゆえに力加減が不安定になってしまい、ルグと手を繋ごうとすると一度ならず彼の骨を握り潰してしまいそうになったもの。
ですが交際開始から数か月を経て、ついに二人は問題を克服したのです。
これぞまさに愛の為せる業と言えましょう。
「これで一緒に出掛ける時に手を繋いで歩けるな。練習中に手首の脱臼で医者にかかったこともあったけど、それも今となっては良い思い出だよ」
「ご、ごめんね……痛かった、よね?」
「すぐ治ったし全然気にしてないから大丈夫って言ったろ? それに俺はルカが悲しそうにしてるほうがイヤだから、なるべく笑ってて欲しいな」
「ルグくん……ごめ、じゃなくて、ありがと……優しい、ね……好き」
「え、私の知らないうちにそんなことあったの? というか、それを良い思い出扱いは流石に無理がないかい? もしもーし、私の声聞こえてる? こら人の話を聞きたまえ。ねえねえ、構ってくれないと寂しいんだけど」
これぞまさに愛の為せる業と言えましょう。
愛は盲目、とも言い換えられそうですが。
かなり押しが強い性格のレンリをしても、二人だけの世界に入ったルカ達のやり取りにはなかなか割り込むことができないでいます。意図して無視しているわけではないとはいえ、結果的に仲間外れにされた形になったレンリはやや寂しそうに拗ねています。
このまま放っておいたら何時間も甘ったるいやり取りを続けかねません。
幸いにして、そうはなりませんでしたが。
愛の世界に入っていた二人を現実に引き戻す声が聞こえてきました。
「ええと待ち合わせ場所は……あっ、いたいた。皆、こんにちは。お久しぶり、ってほど久しぶりでもないですけど、とにかく元気そうで何よりです」
「っ! こんにちは、リサさん! はい、おかげさまで元気です!」
「うふふ、ルグ君とルカちゃんは上手くいってるみたいですね。うんうん、仲がよろしくて大変結構。わたしも十代の頃を思い出しちゃいますねえ」
三人に声をかけてきたのは二代目勇者であるリサ。
方向性こそ違いますが、ルグにとってはルカと同じくらいに大事な恩人です。
「それにしても、話には聞いてましたけど学都もずいぶん変わりましたね。前に来た時と全然違うから驚いちゃいましたよ」
「前にも……来たんです、か……?」
「ええ、あの迷宮が出来てすぐの頃に何度か。女神さまに頼まれて迷宮の子達と遊んだりお喋りをしに来たりしてたんですよ。うちの人やアリスも一緒に。いつも迷宮に直行だったから街のことはよく知らないんですけどね」
「ああ、そういえばウル君達が前にそんなこと言ってたような気が。つまりは子守りか。今回も、まあ似たような感じかもね」
リサが迷宮都市から遠路遥々学都を訪ねて(実際の所要時間は転移術プラス徒歩での数分程度とはいえ)、こうして街中で待ち合わせをしていた理由は単なる物見遊山ではありません。
「ところで、その、ユーシャちゃんでしたよね。ええと、その子は?」
「ああ、ユーシャ君ならさっき一度顔を出しに来たんだけど、始める前にウォーミングアップをしておきたいとかでシモンさん達と先に行っちゃいました。昨日は楽しみすぎて十時間しか寝れなかったと言っていたから、つまりコンディションはバッチリじゃないかと」
「それは良かったです。わたしも今日は勇者の先輩として情けないところを見せないようにしないとですね。さあ張り切っていきましょう!」
本日の目的というか対戦カード。
リサ対ユーシャ。
聖剣使い同士の大一番。
すなわち新旧勇者対決也。




