その後の二人
某日。
学都から遠く離れた農村にて。
普段とは華やかさとは無縁の小さな集落ですが、この日は村の若者達の結婚式が開かれていました。村の中心にある広場はささやかながらも飾り付けがされ、ほとんどの住人は仕事もほどほどに酒やご馳走を楽しんでいます。
「ありがとうございます、司教様。おかげで素晴らしい結婚式になりました」
「……善哉」
本日の結婚式の仕切りを任されたのはドワーフの老僧キガン氏です。
常駐の司祭がいないほどの田舎でこのような催しを開く際には、本来であればそれなりの額の謝礼を払って大きな街から神官を呼んでこないといけません。ですが今回は運良く、街に人を呼びにやる直前に旅の僧侶である氏が村を訪れ、余計な面倒を省いて式が開けることになったのです。
結果、結婚式は大成功。式の最中は寡黙なキガン氏も別人のようにスラスラと祝福の聖句を唱え、そつなく役目を果たしていました。
「お礼と言ってはなんですが、こちら、お約束した額より少しばかり多く包ませていただきましたので」
「……ぬ。いや、それは」
忙しい新郎新婦に代わって謝礼金を差し出してきた村長ですが、その額は事前の取り決めよりもやや多め。増えた分を足しても街に人をやって神官を呼んだ場合よりは安いのですが、厳格な性格のキガン氏は約束以上の金額を受け取ることを渋っていました……が。
「こらこら、師匠。こういう時は受け取らないほうがかえって失礼になるってものっすよ。いや、すみませんね村長さん。どうも年寄りは融通が利かなくて」
「おお、お弟子様。飾り付けや宴のお手伝いありがとうございました」
横合いから二人のやり取りに割り込んできた神官少女バーネットが、代理とばかりに謝礼金をサッと受け取ってしまいました。彼女としても流石にこのまま全額ネコババする気はありませんが、このまま師匠に任せていたら、最悪、増額分どころか礼金そのものを固辞したまま村を後にすることになりかねません。
「……ぬ」
「『ぬ』じゃ分かんないっすよ。言いたいことがあるなら何をすればいいか、散々言われたっすよね?」
「……そうか、そうだな。お前の言うことにも一理ある。約束を違えるのは良くないが、感謝の気持ちを無下にするのも正しいとは言えぬやもしれぬ」
バーネットの問いかけに、キガン氏はごく普通に言葉に出して受け答えをしました。当然といえば当然なのですが、つい先日の学都での一件以前ならあり得ないことです。
そもそも、いくら無口な性格とはいえ彼は喋れないわけではありません。実際、今回のような結婚式、葬式や説法を頼まれた際には、求められた役割をきちんとこなしていました。
それが何故、あれほど喋ろうとしなかったのか。
より正確には、バーネットの前で極力喋らないようにしていたのか。
それには彼なりの理由がありました。
ただし、かなりズレた理由が。
端的に説明するならバーネットを思いやっての善意から出た発想でしたが、思いやりも方向性を誤れば無意味どころか有害ですらあると申しましょうか。
昔、十年ほど前のこと。
まだ健在であったバーネットの両親と取引をするために、キガン氏は夫婦の滞在先を訪ねました。その時点で前回の取引から数年ぶりの再会です。
流石の元祖怪盗ガーネットも妊娠・出産と赤ん坊を抱えての育児中は活動を控えていたのですが、ようやく子供も自分で歩けるくらいに大きくなってきました。そんな、ぼちぼちと怪盗活動を再開して間もない時期のことでした。
一家を訪ねてきたキガン氏は初めて幼いバーネットと出会い……泣かれました。
それはもう散々に怖がられて大泣きされました。
なにしろ、同じ身長のヒト種とは比べ物にならない大きな体格です。
これで愛想笑いの一つでも出来たなら違ったかもしれませんが、彼が無理に笑顔など作っても異様な迫力が出て余計怖いだけ。当時まだ三歳かそこらの幼児からすれば、さぞや恐ろしく映ったことでしょう。
外見について以外にも、地の底から響いてくるような重々しい声音は当時のバーネットには特にヒットしたようです。悪い意味で。
機嫌を取ろうと下手に声をかけようものなら、それだけで何時間も泣き止まなくくらいに怖がられました。最終的には、彼女の両親から娘の前ではなるべく喋らないようにしてくれと頼まれたほどです。
そう、つまりはそれが理由でした。
当のバーネットが成長し、幼い日のことなどすっかり忘れても。
その頼みをした彼女の両親が事故で亡くなっても。
保護者を失った彼女を弟子として引き取って各地を連れて歩く最中にも(ちなみに神官の修業をさせていたのは、彼にできる範囲内で手に職を付けさせようとした結果でした)、キガン氏はずっと律儀に当時の約束を守っていたのです。
それが、あの競売会の日に明らかになりました。
もはや読心術にも近いライムの洞察力と、頑なに喋らない理由を明かさない彼を言い包めるコスモスの話術による説得があって、ようやく弟子の前で口を開かない理由を明かしたのです。
義理堅い、と評するには行き過ぎでしょう。
いくらなんでも融通が利かなさすぎる。
コミュニケーション能力の欠如にも程があります。
「おいこら、このバカ師匠」
相手がロクに喋らないせいで大いに苦労させられたバーネットはというと、当然ながら怒りました。語尾に「っす」を付けるのも忘れて怒りました。
他にも同席していた面々から「それは流石にどうかと思う」という内容の指摘を口々にされて、最終的にはキガン氏もこの件に関しては自分が全面的に悪かったと認めて弟子に頭を下げたのです。
◆◆◆
「ふふふ」
「……ぬ。また読んでいたのか」
結婚式の後片付けを終えた夜。宿代わりに提供された村長宅の客間で、バーネットは幾度も読み返した新聞記事を眺めていました。
「いやはや、自分も結構チョロいっすねぇ」
コスモスに提案された時点では彼女も半信半疑だったのですが、ここしばらく行く先々の街で怪盗ガーネットの名前を見ないことはほとんどありません。
どこそこの養護施設に寄付をしたとか、必要な食べ物や物資を提供したとか。変わったところだと、とある街の小さい子供のいる全ての家に大ダルいっぱいのお菓子やオモチャを贈り付けてきたとか。
そんな風に怪盗ガーネットの名前を使って匿名で善行を働いている怪人物がいるらしいと、どこの国や街でも話題になっているのです。
「えへへ、まあ悪い気はしないっすね……」
実際にやっているのはコスモスですし、バーネットは名前を貸しているだけ。
ですが怪盗ガーネットが活躍して名前が知れ渡り、しかも正義のヒーローのように好意的に受け止められるという状況は意外にも悪くない気分でした。いえ、口に出して言うことはないものの、実のところ悪くないどころか相当に良い気分でした。
自分自身が怪盗をやって現在の良いイメージをわざわざ損ねることもないだろう、と。そんな風に思えてしまうくらいには満足してしまったのです。
「お金持ちなんだろうとは思ってたけど、コスモスさんってホント何者だったんすかね? そういえば、あの日頼まれたアレも結局理由が分からないままだったし――――」
◆◆◆
時間はしばらく戻って競売会の数日後。
「――――ということがあったのですよ。何がとは言いませんが大きいほうの母上さま。ははは、実に盛況で楽しいイベントでしたな」
「コースーモースーさーん!?」
迷宮都市の自宅へと帰ってきたコスモスは、あの日にあった勇者イベント関連のアレコレを包み隠さず勇者に伝えていました。
◆今章は次回でおしまいです。最近は恋愛要素をあんまり書いてなかったから、反動で胸焼けのするような甘ったるいラブコメを書きたい気分。
◆またまたネタに走った短編を書いたりしてました(↓)
昔話をトンチキ方向にアレンジするのが何だか楽しくなってしまいまして。
『アタック・オブ・ザ・キラー・大きなカブ』
『むかしむかし、あるところに(~中略~)おばあさんが川で洗濯をしていると、川上からどんぶらこどんぶらこと大きな桃(推定直径1000m超)が流れてきました。』
『浦島太郎 VS ゾンビ100人』
興味がありましたら作者のマイページからどうぞ。




