伝説の"伝説の怪盗"
―――そして数日が経ちました。
密かに開催されていた好事家達のイベントは無事終了。
参加者はそれぞれ満足して帰国の途に就きました。
そんなイベントがあったことすら知らない学都の多くの住人は、普段と変わりない生活を続けています。一時期話題になっていた「怪盗」についても、そのまま他の多くのウワサ話と同じく直に飽きられ、忘れられていく……かと思いきや。
「おっ、載ってる。ウル君、ちょっとこれ見てよ」
『なぁに? 我はごろごろするのに忙し……おおぅ』
その日の朝。
新聞に目を通していたレンリはとある記事に目を留めました。ウルと二人で肩を寄せ合って読む記事には、要約すると以下のような内容が書かれています。
“怪盗ガーネット、現る”
怪盗。
何日か前に幾度も耳にしたフレーズです。
ウルに至ってはコスモスと共に本物のところに押しかけ、勝手に怪盗団を結成して強引に一味の一員となってしまったほどの熱の入れようでした。
「どれどれ……怪盗ガーネットを自称する匿名の人物から、市内の養護施設に多額の寄付金が……だってさ。ウル君、怪盗仲間としての意見はあるかい?」
『うんうん、なかなか良いと思うのよ』
記事の内容は、怪盗ガーネットを自称する謎の人物が多額の寄付金を贈ってきたというものでした。これが誰かの所有する財産を本当に盗み出して押し付けたということならありがた迷惑もいいところですが、実際にお金を盗まれた人間はいないはずです。
新聞記事によると、贈られたお金には短い手紙が添えられていたとの記述があります。その内容は『悪徳貴族ウッソ男爵の屋敷より盗んだお宝を換金し、善良な人々に進呈する』とありますが、件のウッソ男爵というのは実在の人物ではありません。
子供向けに人気のある有名な童話シリーズの登場人物で、レンリやウルも本を読んだり辻芝居の題材になっているのを目にしたことがありました。世間のほとんどの人もそうでしょうし、この記事にもその男爵がお話の悪役キャラクターであると注釈が入っています。
ただ寄付金を贈るなら、こんな手間をかけるまでもありません。
それをわざわざ怪盗を名乗って、架空のキャラクターから盗んだという体で贈り付けてくるとは如何なる意図によるものか。
恐らくは、善行の意思はあれどそれで目立つことを嫌った人物がささやかなユーモアを込めてしたことではないか。何者かは分からないが世の中には粋なことをする人物もいるものだ……という風な具合に記事の最後は〆られていました。
「なるほどね。どうなることかと思ったけど、こんな感じでやっていくのか」
『他の国とかでも同じようにすれば良い感じになりそうね』
しかし、一応の関係者であるレンリ達の感想は新聞記事とは少々異なります。
彼女達は知っていました。
こうして怪盗ガーネットの名を記事で目にすることも、今後も各国各地で同じような事例が続くであろうことも。こうしたことが世界のあちこちで何度となく続けば、やがて怪盗ガーネットの名を知らぬ者はいなくなるでしょう。そして、その先は……。
「しかし、コスモスさんもよく考えるよねぇ」
民間伝承。
都市伝説。
このまま実体のない怪盗の存在が知れ渡れば、いずれ怪盗ガーネットの名は独り歩きを始めることになるでしょう。もしかしたら、実際にお金を出しているコスモスが関知しないところで尾ヒレが生えてくるかもしれません。そうなればしめたものです。
「かくして伝説の怪盗の名は世に広く知れ渡り、人々の心の中に末永く生き続けるのであった。めでたし、めでたし……といけば良いけどね。その怪盗本人がどう思うかまでは、ちょっと分からないかな。ウル君、あの女の子と大きいお爺さんがあの後どうしたか聞いてるかい?」
『うん。それならね――――』
◆忙しい時期はようやく抜けつつあるので、だんだんと更新ペースを戻していければと思います。
◆息抜きに一話完結の短編を二本ばかり書いたりしてました。
『オレ カラアゲ レモン カケル』
『メロスは激怒した。メロスには政治が分からぬ。だが人一倍筋肉を鍛えていた』
ご興味ありましたら作者のマイページからどうぞ。




