舞台裏サイレンス
「お疲れ様でした。皆様、余興はお楽しみいただけましたか?」
客席の後列側からそんな言葉が聞こえてきました。
観客達が後ろを振り返ると、そこには悠々と歩くコスモスの姿が。
「熱くなった頭は冷えましたかな? さて、それでは競売の続きと参りましょうか」
さも当然のように通路を進み壇上に上がった彼女は、芝居の『出演者』達に一言二言伝えて退場を促すと、何事もなかったかのように言いました。
「え? ああ、そういえば今は競売の途中だったか」
「すっかり忘れて見入っていましたよ」
今までのアレコレはあくまで作り物のお芝居。
競売でヒートアップした頭を冷やすための余興である。
観客達はコスモスが用意した筋書きに納得したようです。
いやまあ、大きなドラゴンをはじめとした様々な演出には、いくら大道具や魔法を用いて再現したのだという理屈で自分達を納得させようとしても無理があるだろうという気がしなくもないのですが、じゃあ先程のアレは一体何だったんだと考えてみてもしっくり来る理由など考え付くはずもないわけで。
「いやはや凄まじい。台詞が棒読みなのとシナリオが大味な点を加味しても、アクションだけで十分に客を呼べる代物でしたな」
「うむ、まさにまさに。台本には少々……いや、かなり改良の余地があるにせよ迫力は素晴らしかった」
「芝居よりも曲芸として売り出したほうが似合いそうだが、まあ見応えがあったことには違いない。あれなら、どこの国で興行を打っても大入り間違いなしでしょうな」
結局、様々な演出については未公開の新魔法・新技術なのだろうという理解に。有り余るほどの財力と各界への人脈を持っているらしいコスモスなら、そういった分野への伝手があってもおかしくはありません。半ば出席者を驚かせるイタズラのような目的で大掛かりな余興を仕組んだのだろうというあたりに彼らの推測も落ち着きました。
「さてさて、それでは後半最初の商品はこちらです」
舞台上を見ると、普段通りの格好に戻ったウルが勇者関連の商品が乗ったワゴンを押してくるところ。先程まで一番動き回っていたのは間違いなく彼女ですが、そもそも迷宮の化身である彼女達は疲れを感じるということ自体がありません。休憩などせずとも元気一杯です。
派手すぎる余興に心を奪われていた客達も、運ばれてくる商品を見て本来の目的をはっきり思い出した様子。なにしろ、この場にいるのは筋金入りのマニアばかり。好みのアイテムを前にすれば意識は自然とそちらを向くというものです。
「それでは、こちらの商品についての説明を――――」
コスモスによる仕切りで競売は最後まで順調に進み、そのまま大きなトラブルもなく日暮れ頃には無事終了。一日がかりで行われた勇者グッズ愛好家の集いは、大盛況のまま幕を閉じました。
◆◆◆
もちろん、舞台の裏側に関しては何事もなく円満終了とはいきません。
「…………」
「…………」
『く、空気が重いの……』
先程、舞台上から引っ込んだ『出演者』達は、ひとまず小道具などを保管するための倉庫へと移動していました。大劇場というだけあって、倉庫だけでも用途別にいくつもあるのです。
その室内は、なんとも重苦しい沈黙に満ちていました。
もう一緒にいる必要はないのですが何となく付いてきたウル(現在、競売の進行補助をしているのとは別の個体です)も、お気楽にふざけていい雰囲気ではないことを察して戸惑っています。
お芝居のラスト。
ドラゴンのウルはトドメの一撃を受けて消え去りました。
あくまで、そういう演出であり演技でしかないのですが、あの巨体がほぼ一瞬でパッと消えてしまったことに違いはありません。そして、その竜ウルのお腹の中には保護者から逃げていた怪盗少女が隠れていたわけです。
「ん」
「……ぬぅ」
「…………何も話すことはないっす」
元から口数が少ないライムやキガン氏だけでなく、バーネットもほとんど口を開きません。どうやら、すっかりヘソを曲げてしまったようです。
魔法道具の発動に必要な魔力はほとんど使い切っていましたし、流石にもう逃げ出すつもりはないようなのですが、かと言って素直に保護者の言い分を聞くはずもなし。
お前には向いていないから怪盗をやめろ。
要約するとそのような忠告を受けて、まあ彼女としてもその意見には頷ける部分もあったとはいえ、そこで素直に受け入れられるような人間ならそもそも怪盗などやってはいないでしょう。
今のうちに七つ道具を強引に取り上げてしまえば怪盗稼業の続行は事実上不可能になりますが、それは本当に最後の手段。
そもそも、それらは便利なアイテムという以上にバーネットにとっては親の形見としての意味合いが強いのです。無理にどうこうしようとすれば、自暴自棄になって何をしでかすかも分かりません。
「なあなあ、ゴゴ。明日の朝はパンに決めたけど今日の晩ご飯は何にする? わたしは今日は鶏肉がいいと思うんだけど」
『はいはい、良い子ですから空気を読んで下さいね』
いくら強くても、人間関係のデリケートな問題には勇者も役には立ちません。そもそもが生まれたばかりで人生経験の浅いユーシャには、こういった問題には不向きなのです。
「……」
「……」
「……」
ライムとキガン氏とバーネットは黙ったまま。
『困ったの』
『困りましたね』
「困ってるのか? そうか、それは困ったな」
ウルとゴゴとユーシャは何もできずに困ったまま。
いえ、元々部外者である学都在住組に関しては別に問題を放り投げて帰っても文句を言われる筋合いはないのですが、このまま見て見ぬフリができない程度にはお人好し揃いの面々です。仮に、この場にキガン氏とバーネットの二人だけ残して立ち去ったりすれば、まあ中々に後味の悪い結果になりそうだと予想できるからでもありますが。
しかし、これといって解決策を提示できるわけでもなく。
当事者である怪盗少女が折れるはずもなく。
結果、誰も何もできずに時間だけがどんどんと過ぎていきます。
そのまま何時間が過ぎたのか。
ぐう、と。
やがて誰かの腹の虫が鳴き始めた頃のこと。
ようやく停滞しきった場に変化が訪れました。
「やあやあ、皆様。お待たせいたしました。ふふふ、オークションのほうが予想外の盛り上がりを見せまして」
「いや、本当に意味不明なくらい盛り上がってたよね。あのお客さん達、やってることは普通の? 競売なのに、なんで感涙しながらスタンディングオベーションなんてしてたのさ? コスモスさん、変な洗脳とかしてないよね?」
「ははは、それはもう、ははは」
『こ、答えになってないの!?』
陰鬱な空気漂う倉庫に入ってきたのは、無事に司会進行の務めを終えたコスモスと、観客席で一連のイベントに最後まで付き合っていたレンリ達。そして、競売会の側を手伝っていたほうのウル。
「さて、そろそろお腹も空いてきた頃合いです。パパっと解決編と参りましょう」
コスモスはなんとも気楽そうに切り出しました。
もう二話か三話くらいでこの章は終わりです。その後は多分またレストランを何話か書いてから、こっちの次章という流れになると思います。




