激闘! W勇者vsドラゴン ~強く当たって後は流れでお願いします~
「いざ助太刀つかまつる」
芝居がかった口上を唱えながら舞台に上がってきたユーシャ。
まだ勇者らしいことを何一つしていないとはいえ、それでも流石は勇者の卵。ゴゴの変じた金色の聖剣を振るい、見事に巨大な竜の首を斬り落としました。
もちろん、ただ首を落としただけでは然程の意味はありません。
ウルが変身したドラゴンには今や片手では数えきれない首が生えています。
落とされた頭にしてもウルがその気になれば胴体から下、切断面から全身を丸ごと再生してドラゴンの数自体を増やすことだって不可能ではないのです。
が、しかし。
『あれ、あれれ?』
頭部を失ったドラゴンも、落とされた頭の側でも、それぞれ独立したウルの意識が体勢を立て直そうとしているのですが、失った部位を思うように再生できないでいるようです。
『ねえねえ、もしかしてゴゴが何かしたの?』
『ええ、ご明察。これ以上、姉さんの数が増えると流石に対応が追い付きませんから。いえ正しくは数がどうこうよりも見た目のインパクトが大事と言いますか……』
『なぁに? よく分からないのよ?』
『まあ我もあまり納得してはいないんですけど、あの方からそういう指示がですね……』
再生能力が上手く働かない理由はウルにもすぐ理解できました。
斬り落とされた頭と、元々頭があった首。そのどちらの切断面にも金色の、ユーシャの持つ聖剣と同じ色の薄い金属膜に覆われています。
聖剣には、持ち主の思うまま如何なる形にも変形するという特徴があります。
便宜上、「剣」と呼ばれてはいても、槍でも斧でも弓矢でもどんな姿にもグニャリと変形して数もサイズも自由自在。
ユーシャにとって勇者の先輩に当たる某人物などその能力をおかしな方向に活用し、包丁やら鍋やらバーベキューの串やら、本来想定されていたのとは全く違う分野で日常的に便利使いしていたものです。
『なんだか、我の切り口がピカピカしてるのよ?』
今回ユーシャとゴゴがやった事は、それに比べると戦闘向けであるだけまだ正統派と言えなくもない、かもしれません。
斬りつけた対象を切断する間の刹那。
瞬時に自身を分割・変形したゴゴが切断面に塗りつけられる形になり、そのまま物理的に傷口を抑え続けているのです。
『なるほど。つまり、トーストにバターを塗ったみたいな感じなのね』
「ああ、言われてみればちょっと似てるな。その例えだとウルがパンで、バターがゴゴか。よし、明日の朝ご飯はパンにするか。帰りにお昼を買ったお店に寄っていこう」
『……ええと、二人共。客席の人達に聞こえてしまいますから、お喋りはもうちょっと小さな声でお願いしますね』
とぼけた会話を続けるウルとユーシャ達ですが、こうしている今も常人に辛うじて見える程度の高速で飛んだり跳ねたり角の生えた頭を振り回したりしています。それに相手がウルだからこそ呑気な様子のままですが、実際にやっていることは実はなかなか凄いのです。
切断面を聖剣と同質の金属で覆って再生を阻害したのみならず、ウルに付着したゴゴの一部は更にどんどんと面積・体積を増していき、見る見る間に斬り落とされた頭部の全面を覆い尽くしてしまいました。
結果、竜の生首にそのまま金メッキを掛けたかのような具合に。
まるで成金趣味が行き過ぎた美術品のようです。
この状態でも頭側のウルの意識はあるのですが、現状からの変形が出来ないのでは脱出は難しいでしょう。薄く覆われているだけとはいえ、勇者が持って真価を発揮した状態の聖剣はちょっとやそっとで傷付くような強度ではないのです。
今のウルが本気のドラゴンブレスを吹くなどすれば破れる可能性はありますが、その場合は観客や劇場そのものを諸共に破壊し尽くしてしまうくらいの破壊力が必要になってきます。もちろん基本的には良い子のウルにそんな真似をする気は毛頭ないので、これは実質詰みと言ってもいいでしょう。
一方のドラゴンの身体側も、こちらは流石に大きすぎるので全身を覆い尽くすまでには時間がかかりそうですが、最初に斬りつけられた傷口から金色の輝きがどんどんと広がっていき、すでに首の三つと胴の三割ほどが金属に覆われていました。もう二分か三分もすれば、巨大なドラゴンの全身が金属に覆われて身動きが取れなくなってしまうでしょう。
とはいえ、今のうちに新たな分身体を生み出すなどすれば、ウルがこのまま一方的に完封されることはないのですが……。
「よしよし、思った通りこの攻撃は絵的に映えそうだ。色が変わるのは、見た目に分かりやすくて良い。コスモスの言った通りだな」
『竜の姉さん、攻撃を受けて苦しんでいる演技をお願いします。それで勇者の姉さん達がですね――――』
『ははーん、ピンと来たのよ。それじゃ……ぐ、ぐわーっ』
そもそも、彼女達に本気で戦うつもりなど微塵もないのです。
一足先に飛び出して真面目に攻撃していたライムやキガン氏とは、そこの前提部分からして異なります。
と、それまで適当に竜ウルと戦うフリをしていたユーシャが、観客席のほうにくるりと向き直って叫びました。
「さあ、勇者殿! 今が好機!」
さて、一旦ここらでおさらいをしておきましょう。
今のユーシャは『勇者役のウルの助太刀に現われた流浪の剣士』役。
ウルは『悪のドラゴンと正義の勇者』の一人二役。
もっとも勇者に関しては一人二役とは言っても実際には数十体にも増えており総数が分からないほどいるのですが。おまけに役柄上の勇者と本当の勇者のユーシャが一緒にいるせいで、更にややこしい事態にもなっているのですが。
ついでに、これが芝居だと理解する前に舞台に上がってしまったキガン氏とライムに関しては、ユーシャが登場してきた際の口上によって『勇者に加勢する戦士達』ということになっていました。
なお、現在ライムは様子見中。
キガン氏は相変わらず脇目も振らずに殴り続けています。
「ええと、ゴゴ。コスモスはこの後なんて言ってたっけ……ああ、そうだそうだ。やあやあ、これこそは遥か東方の霊山に封じられし不死殺しの宝剣にござる。わたしの役目はここまで。勇者殿、後はお頼み申す、ニンニン」
『分かったの。後は我に、じゃなくて……わたしに任せるのよ!』
観客席の側に向いたユーシャは、妙に時代がかったような台詞を叫ぶと手にしていた聖剣をいきなり観客の頭上に向けて放り投げました。
それを見事にキャッチしたのは、勇者の姿をしたウル。
更にはホール内のあちこちで、ドラゴンと戦う演技や、飛んだり跳ねたりのアクロバティックや、仲間割れや間食やサボりなどしていた他のウル達も、剣をキャッチした一人に向けて殺到。
空中で衝突して全員客席に落下する、なんて心配は無用です。
勇者のウル達は粘土を捏ねるかのように一塊になると体積がギュギュっと圧縮され、最後に残ったのは本物の聖剣を握った一人の勇者。
まあ当然ながら勇者役ではあっても勇者でないウルに聖剣の真価は引き出せませんし、ユーシャが手放した時点でドラゴンを覆っていた金属膜も厚紙程度に強度を落としているのです……が、今は本物の威力がなくとも何となく見栄えが良くて観客を納得させられれば構いません。
勇者のウルは元々持っていた聖剣っぽいだけの銀色の剣(ちなみにコレは貝類の殻を構成する炭酸カルシウム成分を生成してそれっぽい形状に固めたウル自身の一部でした)を左手に。
金色に輝く本物の聖剣(本物には違いないのですが、本来の担い手ではないために性能面については可愛らしい幼女に変形する点以外は普通の鉄剣と大差ありません)を右手に。
『とーっ!』
勇者のウルは、ハリボテも同然の二刀流でドラゴンに斬りかかりました。
これが他のドラゴンならともかく、なにしろその竜もまたウルにとっては自分自身。実際に威力が伴う必要はありません。ここまで舞台上の様子を見ていた観客に「きっと、あの金色の剣はドラゴンに特別な効果があるんだな」とか、「その剣を元々強い勇者様が使ったらすごく強そうな気がするなぁ」、「二刀流って実用性はともかく格好良いなぁ」みたいなフワッとした理解を得られればそれで十分なのですから。
『ぐわー、やーられーたーのー!』
『あっはっはー! 正義は勝つ、なの!』
剣が壊れないくらいの勢いでポコンと当たると、巨大なドラゴンは棒読み気味の断末魔を残しつつ、全身を光の粒子と化して消滅したのでありました。
◆◆◆
――――そして。
巨大な竜が消滅した後に残ったのは……。
◆だいぶ設定が増えてきて分かりにくいかもしれませんが、ゴゴは担い手であるユーシャが持つか自身の迷宮内でないと強い力を発揮できません。現時点で神様になりかけているウルやヒナと違って、迷宮としてはまだ未覚醒の状態です。




