打倒せよ、ウルドラゴン
ドラゴンに少女が食べられた。
そんな光景を目撃した人は果たしてどう思うでしょうか?
主に考えられる反応は二つ。
まずは、自分に被害が及ぶ前に逃げようとする。
あるいは、呑まれた少女を助けようとする。
前提となる事情を知らず、また作り物で構成した演劇の類だと思い込んでいるわけでもない人物がこのような状況に直面した場合、考えられる反応は大まかに二種類に分けられます。
まあ、一番ありそうなのは二つのどちらでもなく、思考が状況の理解を拒んでフリーズしてしまうことなのですが、今回の目撃者達はそうはなりませんでした。
実際の事情や危険性はさておくとして、そもそもどうして劇場内に巨大な竜がいるのかという疑問もひとまずは脇において、ホール内に足を踏み入れたばかりの面々はほとんど迷わず舞台に向けて駆け出しました。
「……ぬ。硬い」
巨漢ドワーフのキガン氏は、その一見すると鈍重そうな体格からは想像もできないほどのスピードで舞台上のドラゴンに近付くと、突進の勢いと己の全体重を乗せた拳を竜の腹へと叩き込みました。
身長はヒト種男性の平均ほどですが、体重は優にその三倍以上はあるであろう彼が防御も何も考えずに全力で打ち込んだのです。
他のモノに対して同じように殴ったら、彼の胴体並みに太い樹木でもほぼ真っ二つにへし折れてしまうでしょう。装甲板で補強された大型の軍用馬車だって一息に横転して、勢い余って引っ繰り返るくらいはしかねません。
それほどの拳を、更に二発、三発、四発と。
ボールの遠投でもするかのように大きく振りかぶって、叩く。叩く。叩く。
隻腕のために打撃の回転力こそ両腕が使える者に一歩劣りますが、竜種相手ともなれば生半の威力では牽制にもなりません。この持てる力の全てを乗せた攻撃こそが状況を鑑みての最適解です。
そして、ドラゴンに襲い掛かったのはキガン氏だけではありません。
ほとんど同時に劇場ホールへと入ってきたライムは、探していた怪盗少女が竜に丸呑みされる光景を見ることになりました。
ライムの場合は、この状況の前提となったウルの能力を知っています。
舞台上のドラゴンも、周囲を飛び回っている同じ顔をした少女達も、ウルの変身や分身能力であれば作り出せると想像できたはずです。ただし、もうちょっとだけ落ち着いて考える時間があれば。
「すぐ助ける」
先に動き出したキガン氏の行動に思わず引っ張られたせいもあるでしょう。冷静に思考を巡らせるより前に、ライムの身体はもう動き始めていました。
低い位置からドラゴンの腹にボディブローを打ち込んでいる老人とは対照的に、ライムは膝のバネを用いて天井近くにまで跳躍。そして複数ある竜の頭の一つに、開いた掌での打撃を叩き込みました。
瞬間、ホール内に小さな爆発音が響き渡ります。
ライムの攻撃は単なる打撃技ではなく、爆発の魔法力を込めた一撃。
破壊の範囲はそれほど広くありませんが、打撃によって浸透させた爆発力がウロコや骨格や筋肉の守りを貫通して敵の体内深くで炸裂するという文字通りの必殺技。師匠直伝の殺し技です。人間相手では殺傷力が過剰すぎてとても使えません。
もし相手がマトモな竜種であれば、この一撃で脳を砕かれて絶命していたかもしれません。頭部が複数ある多頭竜であっても、戦力の大幅ダウンは免れないでしょう。
しかし、今回の相手はウルが変身した特別なドラゴン。
そもそも思考や生存に脳は必要ありません。
弱点となる急所や痛覚すらもありません。
頭の中身が爆発でかき混ぜられて、ついでに眼球が破裂した程度では、実質ノーダメージ。仮に首から上を跡形もなく吹き飛ばそうと、数秒もあれば元通りに再生できるのです。
「ん? じゃあ、これで」
ライムとしても相手の異様なタフさ、手応えのなさに違和感を覚えなかったわけではないのですが、その違和感について思索を巡らせるよりも前に彼女の身体は訓練で染みついた技を条件反射的に繰り出していました。
初撃と同じ爆発の技を今度は連続で。
雷撃の魔法を応用して神経の伝達を狂わせようと。
ドラゴンの体内の酸素に風魔法で干渉して、極小のカマイタチで太い血管や心肺をザクザクと切り裂いていくはずが……しかし、いずれの攻撃もほとんど効果がありません。
「んん? ふしぎ」
特に殺傷力が高い攻撃を一通り試し終えたライムは「どうして効かないんだろう? 不思議だなぁ」という気持ちを込めて可愛らしく小首を傾げています。やっていること自体は非常にえげつないのですが。
「困った」
いくら大型竜種とはいえ、この耐久力は明らかに異常です。
すぐ近くを見れば、相変わらずキガン氏が重い打撃をドラゴンの腹部に打ち込み続けていますが、そちらも効果らしい効果は見られません。
「……返せ」
老人の拳は皮膚が裂けて血が出ています。
硬いウロコを何度も全力で叩いているのだから無理もないでしょう。
「……あの子を、返せ」
しかし、キガン氏が拳の勢いを緩めることはありません。このまま肉が千切れ、骨が砕けようとも止まらないという気迫が感じられました。
そんな彼に対し、ライムは。
「あ。危ない」
「……ぬ。感謝」
無防備な背中に飛び蹴りを入れて転ばせました。
別に仲間割れをしたのではなく、これまでは無防備に打たれるがままだったドラゴンが、突如長い首を伸ばして攻撃を仕掛けてきたのです。その頭突き攻撃は咄嗟の機転で回避できましたが、相手が攻撃に転ずるとなると、これは如何にも分が悪い。なにしろ相手が無防備に打たれるままの状態でさえ有効打を与えられなかったのです。
もういっそのこと、一か八か竜の口の中に飛び込んで丸呑みされた少女を直接迎えに行くほうが良いのでは……などと、ライムが考え始めた時のことです。
「やあやあ、皆の衆。わたしは名も無き流浪の剣士。勇者殿、そして共に戦う戦士達よ。勝手ながら助太刀つかまつる」
どこからともなく聞こえてきた口上と同時に金色に煌めく斬撃一閃。
まるで花でも落ちるように、ぽとり、と。あれほど頑強なウロコに覆われた首が抵抗もなく切り離され、地に落ちていくではありませんか。
「おっと、このまま落としたら床を壊してしまうな」
現れた剣士、ユーシャは左の手に黄金の剣を提げたまま、もう片方の手で落ちてくる竜の頭を軽々キャッチ。そっと床に置いてから改めてドラゴンへと向き直るのでありました。
前にも書いたかもしれませんけど。三月後半はちょっと忙しくなるので更新ペースが普段より遅くなるかもしれませんが、どうか気長にお待ちくださいませ。




