ウル、なんだか凄いことになってしまう
一方、その頃。
ウルが観客の注意を引く役目を担っていた劇場ホールは、なんかもうすごいことになっていました。ふわふわとした具体性に欠ける表現ですが、本当に「なんだか分からないけどすごい」としか言いようがないので仕方がありません。
『あっはっはー』
『わっはっはー』
『ふぅっはっはっはー』
ホールのあちらこちらから絶え間なく聞こえてくるのはウルの笑い声。
最初のうちは一頭のドラゴンと五人に分身した勇者という役回りを一人でこなしていたウルですが、今はもうそんな控えめな数ではありません。
時間が経つにつれて人数はどんどんと増加。
現時点では勇者姿のウルは優に五十人を超えています。
時折、竜ウルの攻撃を受けて手足や首がズバッと飛んだりもするのですが、その切り飛ばされたパーツと元々の身体がそれぞれに再生。数秒もあれば分かれたパーツの数だけ完全な状態の勇者ウルになっているという寸法です。
それもただ増えただけでなく、客席上の広い空間を自由自在に飛び回り、天井や壁を走り回るのは当たり前。その運動能力は並大抵ではありません。
ドラゴン役のウルと戦っている者。
自分同士で空中衝突してしまい、お互いに相手がぶつかってきたと譲らず言い争いになって取っ組み合いのケンカをしている者。
観客に目線を向けて新しく考えた決めポーズを取る者。
貴賓室に残っていた食べ物を持って来て間食をしている者。
後方の客席を見ればサボってお昼寝中のウルもいます。
対するドラゴンの数は一応一体だけですが、その形状は当初からずいぶん変わっていました。一本だけだった首が八本に増えて多頭竜になったくらいはまだ序の口。
全身を覆うウロコが強烈な打撃を受けて剥がれ落ちたと思いきや、周囲の勇者ウル達を目掛けて飛ぶブーメランのような遠距離攻撃に。どういう原理で飛んでいるのやら、高速で回転しながら相手がどこに逃げても追いかけるホーミング性能まで付いているようです。
直撃を喰らった勇者ウルが全身バラバラになりつつ吹っ飛んでいるのでかなりの威力があるようですが、不思議なことに客席や劇場施設への被害は皆無。元のウロコが光沢感のある朱色で舞台上の照明を上手いこと反射するので、離れて見ている分にはかなり綺麗です。
鋭い爪の生えた前後の脚も胴部のあちこちから新たに生えて長く伸び、その数は計百本近くはあるでしょうか。ムチのようなしなりを利かせてデタラメに振り回しているだけなのですが、デタラメに動き回っているのは相手のウル達も一緒。なにより相手の数はどんどん増えているのでマグレ当たりも出てきます。たまにクリーンヒットしては叩き落としていました。
細かく見ていけば更に色々と出てきますが、これだけでも「なんだか分からないけどすごい」という表現の理由はお分かりでしょう。もはやドラゴンと呼んでいいのかも不明な巨大怪生物と成り果てています。
なにしろウルの気分や思いつきで次々と新たな演出や形状や演者の数が増えていくのです。しかも動くのは舞台上に留まらず客席のすぐ間近にまで。文字通り観客の目と鼻の先で、大迫力の高速戦闘(常人が辛うじて視認できる程度に加減した)を繰り広げているのですから。
もう、この場の誰にもウルの動向を追い切れてはいません。
それどころか自分が何を見ているのかも理解できていないのでしょう。
今が競売会の途中であることすらほとんど忘れ、ポカンと口を開けて眼前の光景を眺めていることしかできないようです。ウルの能力と正体を知っているレンリ達ですら、多少はマシ程度の状態。
ハッキリ言って演出過多もいいところですが、観客の目を釘付けにするという役目に関してはバッチリ果たしているので失敗とも言い切れません。
『うーん、なんだか思ってた怪盗っぽさとは違うけど……まあ、これはこれで楽しいから問題ないの。あはははは、がおー!』
怪盗という言葉のイメージとは明らかにジャンル違い。
どちらかというと「怪盗」ではなく「怪獣」という語のほうがしっくり来そうなことはウル自身も自覚しているのですが、彼女は元々、ただ楽しそうだからというだけの理由でこの場にいるのです。
別に戦いたがりの気が強くあるわけではないのですが、普通の人間でもたまに思い切り身体を動かすのは心地良いもの。スポーツや遊びの延長にしては過激ですが、要は楽しければいいのです。少々の予定違いは問題にもなりません。
『あれ? そういえば我ってば、コレいつまで続ければいいのかしら?』
注意を引く役目は十分過ぎるほどに果たしています。
ですが、具体的にいつまで続けるかという取り決めはありません。
元々、シナリオに関してはあって無きが如し。
舞台の幕引きに関しては、適当に加減した勇者側の攻撃でドラゴンを打ち倒してハッピーエンドという風にすれば、まあそれっぽくはなるでしょう。
そんな風に気軽に構えていたせいもあって、ウルはその時になれば怪盗団の他二人が何か合図をしてくれるだろうと考えていました。
「……ウ……ちゃ……匿っ」
『なぁに、よく聞こえないのよ?』
だから、舞台袖から息せき切って走ってきたバーネットを見た時も、てっきり終わりの合図を報せるために来たと思ったのです。
たくさんの身体で存分に動き回って、ウルとしてはもう十分に満足しました。
あとは仲間の指示に従って、この芝居を締めに向かわせるだけ。
「ウルちゃん、自分を匿って欲しいっす!」
『うにゅ? 匿うって、どこでもいいの?』
芝居の指示にしては妙、かつ大雑把。
けれど、ウルとしては逆らう理由もありません。
なので深く考えずに従うことにしました。
その時ちょうど無駄に増やした竜頭のいくつかが客席後部側のドアを開けてホールに入ってくるユーシャやライム達の姿を捉えていましたが、それで動きを止める理由は特に無し。
『ええと、どこがいいかしら?』
匿ってくれと言われても舞台上には人を隠せる物陰などはありません。ウル達は少し考えた末、ドラゴンのウルが代表して脚の一本を伸ばしてバーネットを掴み上げると……。
『そうだ、この中なら安全なのよ』
ぱくり。
巨大な竜の口でバーネットを丸呑みにして、お腹の中に隠してしまったのです。
◆そういえば、なろうの評価フォームの仕様が変わって最新話以外でも評価できるようになったそうですね。まあ、この話題を出したことについて特に他意はないのですが。ええ、まったく特別な意図などはないのですが。




