試練
『汝ら、己が起源を我に示せ』
突如出現した草の獣。
植物の身体を持つ狼という相手に、ライム以外の三人は少々驚いたようですが、特に恐怖は感じていないようです。
それというのも、
「ふふふ、馬鹿め。さあ先生、やっちゃってください」
「レン……いきなりそれはどうかと思うぞ」
別にライムは彼らの用心棒でも保護者でもないのですが、まあこの場合頼りになる戦力であることに違いはありません。
大抵の魔物は彼女の気配だけでも寄ってこなくなりますし、仮に戦闘になっても一触鎧袖、苦戦することすらないでしょう。
そのライムはというと、
「いいの?」
『構わぬ』
何やら緑の狼に確認を取っていました。
別に手伝いをするのは構わないようです。
『汝ら、如何なる試練を望むか?』
「し……れん?」
「あれは迷宮の管理者。貴方達の価値を認めさせなければならない」
「へえ、あれが」
迷宮の管理者についての概要は、レンリ達も知識としては知っています。
探索者に試練を与え、認めさせれば次の迷宮へ進む資格を得られる。大まかに言うと、そういう存在です。
「手伝いが認められるとは思わなかったけどね。ライムさんが一緒の時でツイてたよ」
「うん。私もたまには本気で戦いたい」
「え? ……ほ、本気?」
「あれは挑む者達の総力に合わせて力が変わる。楽しみ」
「「「……え」」」
どうやら、ライムに手伝いを頼んだのは失策だったようです。
心なしワクワクした様子のライムは、背負っていたカゴを下ろすと管理者に向き直って、
『汝ら、如何なる試練を望むか?』
「私は戦いたい」
『よかろう。汝ら、武威をもって己が起源を我に示せ』
レンリ達が止める間もなく、勝手に話を進めてしまいました。
迷宮内とはいえ平和な森だった空間は、わずか数分で大きく変容していました。
狼の意思に呼応して、木という木、枝という枝が大蛇の如くにうねり、刃と化した葉、針のように鋭く変化した草が全方位から殺到する、まさに緑の地獄といった様相。
それらを操作する緑の獣自身も高速で移動しながら襲いかかり、攻撃を受けそうになれば身体を構成する植物を解いて別の場所で再構成するので捉えるのは非常に困難です。
しかし、対するライムも負けてはいません。
普段は抑えている魔力を解放し、身に纏った紫電で植物の魔の手を悉く焼き尽くし、粉砕し、あるいは肌一枚の間合いで見切って回避をしています。
迫り来る大木の束を手刀で切断すると、それらが地面に落ちる前に足場として利用し連続で跳躍。木々すらも届かない高さに跳んでから、眼下に向けて魔法による広範囲の爆撃を実行。
レンリ達を巻き込まないように威力は抑えてありましたが、鋼鉄並みの強度になった植物を吹き飛ばし、跡には深いクレーターが出来ていました。文字通り根っ子から根こそぎ消し炭にされた場所からは再生もできないようです。
「ひぃっ!? 死ぬっ、死んじゃう!?」
「伏せろ、二人とも! 巻き込まれたら一発でアウトだ!」
「逃げ……逃げなきゃ……!? ひゃぁ!?」
もちろん、そんな戦いに三人が付いていけるはずもありません。
植物達もライム以外には積極的に襲い掛かってきませんが、爆風で飛んできた木の破片や衝撃波だけでも下手をすれば致命傷です。
極力身を小さくして伏せ、運悪く流れ弾が飛んでこないこと、そして一秒でも早く戦いが終わることを祈るしかできませんでした。
◆◆◆
『汝らは不合格である。また機会を改め挑むがよい』
一時間にも及んだ戦いの後、管理者である緑の狼は唐突にそう告げて消えていきました。
ライム共々未だ余力はあった様子でしたが、本来試練に挑むべきレンリ達三人にまるで積極性がないので戦意なしと判断されたようです。
「よかった……まだ生きてる」
「た、助かった……」
とはいえ、今は不合格になった残念さよりも、生き残った喜びのほうが遥かに大きいようです。幸い、大きな怪我はありませんが三人とも酷く憔悴していました。
「楽しかった。次も手伝わせて欲しい」
「いや、それは……」
いい汗をかいて満足そうな顔をしているライムに、丁重に断りを入れることだけは忘れませんでしたが。
ズルはできませんでした。
あと管理者の強さの変動には一応上限もあります。無限に強くなるわけではないです。