怪盗と計画外のイレギュラー
派手で、人目を引いて、エンタメ性に富んでいる。そんなウルやコスモスが望む怪盗像は、状況次第では案外理に適っているのかもしれません。
「……ウルちゃん、凄いなぁ。いやまぁ、アレを凄いの一言で片付けちゃダメな気もするけど。コスモスさんといい、あの人達ホント何者なんすかね?」
独り言を呟いているのは、ホール後部の扉から廊下へと出てきたバーネット。その手には片手で持てる程度の布袋が提げられています。
観客席の客は未だウルの一人芝居に夢中です。
七つ道具を用いて姿を隠し、可能な限り違和感を誤魔化していたとはいえ、人が密集している客席を動き回っても誰にも気付かれることはありませんでした。“仕事”中は座席の手すりや背もたれ部分を足場に動き回り、直接人の懐やポケットに手を突っ込むという相当に大胆な手段を用いたにも関わらず、です。
怪盗の嗜みとしてバーネットはスリの技術も一通り習得していましたが、これが平常時であれば流石にどこかで気付かれてしまっていたでしょう。それにも関わらず大過なく成功したのは間違いなくウルのおかげです。
手品で用いられる技術に「ミスディレクション」というものがあります。
派手で大袈裟な目に付きやすい動作で観客の意識を集中させ、その間に注目が薄れた箇所で本命のトリックを仕込むテクニックで、それをいかに自然に見せるかが演者の腕の見せ所。似たような考え方は格闘技のフェイントや、戦場において大勢の軍団を操る戦術にも存在します。
今回のウルは注目を集める役目を十分に果たしていたと言えるでしょう。
演技力の稚拙さについて若干のマイナスはありますが、変身能力を用いた巨大ドラゴンや、複数体の勇者が舞台上にとどまらず客席の頭上を縦横無尽に飛び回る様はマイナス点を補って余りありました。
「ええと、ホール内は片付いたから残りは控室っすね」
しかし、まだまだ怪盗団の仕事は終わりではありません。
彼女がコスモスから頼まれた仕事は、まだ半分が済んだだけ。
その仕事内容が何を意味するのかバーネットには正直よく分かっていないのですが、見事成功させた暁には、まとまった額の報酬が貰えることになっています。払うものを払うというなら問題はありません。
向かう先は劇場内にいくつかある控室の中でも一番大きな、招待客の侍従や護衛の待機場所、兼預かり金の保管場所として使っている部屋。
座席が密集した劇場ホールほど動きにくくはないでしょうが、今度はウルの援護はありません。室内の人数は三十人近く。お酒でも入っていれば幾らか楽が出来たかもしれませんが、残念ながら全員素面。先程の休憩時間にコスモスが様子を見た際には居眠りなどする者もいませんでした。油断ができるほど生温い条件ではないでしょう。
「まあ、そっちはあんまり心配してないんすけどね。真面目にお金を見張っててくれれば、それだけ他が手薄になるわけだし」
とはいえ、狙うのがお金以外であれば話は違います。
むしろ真面目にお金を見張っていればいるほど、それ以外に関しての警戒は緩むというもの。七つ道具の効力も考えれば、決して不可能というほどではありません。
「えっと、そこの曲がり角の先っすかね?」
現在、劇場内の人間の大半はホールか控室に集まっています。
道具の使用にかかる魔力を温存するため、ホールを出てからは透明になれる『姿隠しの帯』を使わず慎重に進んでいたのですが、ここまでバーネットは誰にも会いませんでした。
「これだけ広い建物だと迷わないようにするのも大変で……っと、子供?」
ようやく人間に出会ったのは目的地である控室の直前。
広い廊下に小柄な人物が佇んでいるのを見つけました。
「……」
「迷子かな。誰かお客さんの連れっすかね? お嬢ちゃん、こんなところで何を……」
これが厳つい体格の大男などであれば、バーネットは話しかけたりなどせず即座に逃げるか隠れるかしたはずです。
そうしなかったのは相手が荒事とは縁遠そうな少女だったからで、もし迷子なら予定を少々遅らせてでも保護者なりコスモスなりの下へと連れて行くべきなのではという犯罪者らしからぬ良識的な思考が働いたからでもありますが……理由が何であれ、容姿で相手を甘く見るという重大な判断ミスを犯したことに変わりはありません。
「後ろ」
「お嬢ちゃん、何すか? 後ろって……げ」
バーネットが自分のミスに気が付くまで時間はかかりませんでした。エルフの少女、つまりライムに言われるがままに振り替えるとそこには巨大な人影が。
「げっ、師匠。何しに来たんすか!?」
「……来い。帰るぞ」
キガン氏が、彼にしては相当に例外的な長台詞を喋ったおかげで何故ここに来たのかという意図は伝わりましたが、バーネットが素直に従うはずもありません。
老ドワーフが丸太のような腕を伸ばしてきましたが咄嗟に右側に、つまりは隻腕である彼の死角になる位置へと入り込み、その隙を逃さずに老人の背中側へと回り込みました。同時に身に着けた魔法の帯に魔力を通して透明な状態に。
「……ぬ」
「わざわざ迎えに来なくても、子供じゃないんだから用事が済んだら一人で帰るっすよ!」
バーネットはキガン氏が嫌いなわけではありません。
自身の命の恩人であり、両親を弔ってくれた恩義も感じています。
怪盗としての用事が済んだら彼の下に帰るという言葉も嘘ではありません。
嫌いではない。
ただ、そう、苦手なのです。
あまりに口数が少なすぎて、何を考えているのか分からない。
普段、どうして自分が神官の格好をさせられているのかすら説明がない。
たびたび師匠の財布を掠め取っては豪遊するバーネットは決して褒められた弟子ではありませんが、その師匠のほうにだって少なからず責任があるのは間違いないでしょう。
だからこそ、彼女は迷わず逃亡を選びました。
最早、まともな対話ができるとは思っていません。
あの豪腕に捕まっていたら振りほどくのは無理だったでしょうが、運良く回避して死角に潜り込み、『姿隠しの帯』も既に発動させています。
キガン氏も片腕の身で長年各地を渡り歩いてきた実力者……ですが、この透明化能力は易々と見破れません。なにしろ、いくら長命種のドワーフといっても年齢が年齢です。なんとも悲しいことに目も耳も若い時のようには利いてくれないのです。
そもそも、つい先日ウル達に見破られたばかりですが、透明になる能力というのは本来そう簡単に破れるものではありません。土や砂埃などが多い屋外ではなく、屋内で使用すれば隠蔽の度合いは更に上がります。あとは気配や足音を立てないようにだけ注意すれば捕まる恐れはないはず、だったのですが。
「……、あれ?」
「ん。待って」
技をかけられた痛みも、触れられた感触すらありません。
しかし、バーネットが気付いた時には床に仰向けに寝て天井を見上げている格好になっていました。仕掛けられた本人にすら理解できませんでしたが、結果から推測するに恐らくはダメージを与えないよう加減した投げ技によるものでしょう。そして眼前には先程の小柄なエルフの姿が――――。




