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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
八章『新生勇者伝説』

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舞台上の大・怪盗


「出てくる品物はともかく、競売自体は真っ当に進んでるね。怪しい……」


 休憩の終わり際、客席に戻ってきたレンリ達はこんなことを話していました。

 普通に進行しているのが、逆に普通ではない。

 まだ数か月ほどの短い付き合いではありますが、コスモスという人物の普通でなさは彼女らも重々理解しています。そもそも本日のイベント中に怪盗として何かをやらかすと既に予告も受けているのです。


 しかし現状、おかしな点は……商品内容と招待客の嗜好にさえ目を瞑れば……これといって見当たりません。競売も午前中の品評会も、少なくとも表面上は真っ当に進行していました。

 耳を澄ませて周囲の客席の様子を窺ってみれば「前半で予算を使い過ぎた」「好みの品を落札できた」「後半では何が出てくるのだろう」というように、楽しげに盛り上がっている客がほとんど。本来の主旨であった同好の士の交流会としては、もうほとんど成功したようなものです。


 ならば、この良い雰囲気に水を差しかねない余計な真似などせず、穏便な形でイベントを終了させるよう持っていくのが賢い選択だと、普通の人間ならそう考えるのでしょう。しかし、前述のようにコスモスにそういった良い意味での普通さは一切期待できません。


 途中で気が変わって怪盗の計画が取りやめになったという可能性も一応ありますが、まあ、そういった安易な予想は捨てるべきでしょう。コスモスの悪ふざけにかける意気込みは半端ではないのです。むしろ悪ふざけをするために生きていると言っても過言ではありません。



「会全体の残り時間を考えると、多分、もうそろそろ何かやらかす頃じゃないかな?」


「だよなぁ……それが分かってても何もできないけど。とりあえず、何が起こってもいいように心の準備だけはしておこう」


「う、うん……準備、する……」



 恐らく、これから何か予想外の出来事が起こるのだろう……と推測は出来るのですが、しかしレンリ達に分かるのはそこまで。具体的に何があるのか分からない以上、出来るのは心の準備くらいのものです。



「あ……誰か……何か? ……出て、来たよ」



 そして、いよいよ彼女達の目の前で怪盗団が動き始めました。







 ◆◆◆







 休憩時間も終わり、競売の後半が始まるかと思いきや。



「何だろう、あの大きな、赤い……は?」



 最初は、レンリ達も他の招待客もそれが何であるかを理解できませんでした。

 故に、まず感じたのは恐怖や驚愕ではなく疑問。

 ソレはあまりにも大きく、そして場違いだったのです。

 実際にモノが見えているのに、それが何であるか分からないという状態は、なかなかあるものではありません。


 一般的な家屋よりずっと高く造られている劇場ホールの、天井にまで頭が着きそうな巨体。鋼鉄の盾や鎧でも薄紙の如く引き裂いてしまいそうな鋭い爪に長い牙。その全身は目にも鮮やかな朱色の鱗に覆われています。



「……ドラゴン?」



 数多の魔物の中でも一番有名で一番強いとされる生物がそこにいました。

 サイズはずっと小さいですが、レンリなど自室で同種の生物を飼っているのです。見間違いようもありません。



「いやいやいや、おかしいだろう! 百歩譲って街中に来るのまでは認めても、どうやって劇場の中に入ってきたのさ!?」 



 いくら「大劇場」とはいえ、流石にこのサイズのドラゴンが入ってこれるほど大きなドアはありません。壁に穴を開けてホール内に侵入してきたと強引に仮定しても、もっと早い段階で大騒ぎになっているはずです。


 そんなレンリのツッコミに反応したのでしょうか。



『がおー』



 巨竜は、その外観に似合わない迫力に欠ける鳴き声を発しました。

 その聞き慣れた声を耳にして、レンリ達は気付きます。



「あの竜、もしかしてウル君?」


『ふっふっふ、そんな名前の超絶美少女に心当たりはないのよ?』



 どうやら本気で正体を誤魔化す気はないのでしょう。

 ウルの変身能力なら本物のドラゴンの鳴き声も完璧に再現できるはずですが、わざわざ人型形態の時と同じ声で受け答えをしています。

 見た目がいくら恐ろしくとも、声がこれでは迫力なんてちっともありません。そのお陰もあって、未だ状況に理解が追い付いていない観客もパニックになったりはしていないようですが。



『我は通りすがりの怖~いドラゴンなの! 今日は人間の街を襲ってピカピカの金貨をたくさん巣に持って帰ることにするの!』



 実際、竜種には金銀や宝石などの光り物を好む習性があるとされています。



「なんだか、カラスみたいだなぁ」


『そこ、うるさいのよ!』



 最初は驚きましたが、最早レンリには微塵も緊張感は残っていません。



「おおっ、最近の大道具はリアルですな」


「ううむ、まるで生きているかのようだ」



 ウルの正体や能力を知らない他の客達も、目の前の竜の声が先程の競売の手伝いをしていた少女のものだと気付き始めていました。

 これは主催側が用意した余興の一環で、作り物のハリボテ竜にどこからか声を当てているのだろう……というような解釈をしているようです。まあ実際に変身しているという点以外では大きく間違ってはいません。



『まあ、いいの。我の恐ろしさを思い知らせてやるのよ!』



 この時点で場の緊張感はもうほとんど残っていませんが、しかし、ウルが変身したドラゴンの能力は本物以上。竜ウルは勢いよく息を吸い込み始めました。

 炎や雷や冷気や毒など、個体によって何を吐くかの違いはありますが、本来のドラゴンは強力な息吹の攻撃を得意とすることで知られています。今のウルがその気になれば似たようなことも出来るはずですが……今回は戦いが目的ではありません。何も吐き出すことはなく、ただ大量の空気を吸い込んで、吸い込んで、吸い込み続けて……、



「うわぁ、すごい風が!」



 結果、凄まじい風が竜ウルの口へと向かっていきました。

 更に、吸い込まれているのは空気ばかりではありません。



「なんだ、そこら中から何かキラキラした物が?」


「あれ、は……金貨?」



 なんと、ホール内のあちこちから吸気に乗って金貨が飛んできたのです。

 恐らく、休憩が開ける直前にこっそり仕込んでおいたのでしょう。本日は客数の関係上、ホール内の座席はほとんど空席となっていましたし、隠し場所には困らなかったはずです。



「あ、よく見たら細い糸みたいのが付いてるね」


「ウルちゃん……器用、だね」



 もちろん、いくら強く息を吸い込んでも、それだけでは金貨だけを上手いこと引き寄せることなどできません。うっかり客の手荷物を吸い寄せてしまっても後が大変です。


 なので、蜘蛛の糸のような粘着力があり、なおかつ伸縮性と強度を大きく強化した糸を生成して予め金貨に貼り付けておき、空気を吸い込む動作に合わせて引っ張っていました。そうやって、あたかも息の吸い込みで金貨を引き寄せているかのように見せかけているのです。

 糸の生成、吸い込み、口元への引っ張りと変身能力の大盤振る舞い。

 以前までなら迷宮内のフルスペック状態でなければ出来なかったでしょうが、今のウルならこの程度の並行作業はいつでもどこでも簡単にこなせます。



『もぐもぐ、ごっくん。ふう、いっぱい金貨が集まったの。この調子でもっと吸い込んで今のうちから安定した老後に備えるのよ! がおー!』



 軽く二百や三百枚はあるであろう大量の金貨がドラゴンの口へと吸いこまれていきました。それだけに飽き足らず、欲深いドラゴンは再び息を吸い込んで更なる金貨を集めようと……したところで舞台上に新たな人影が。



『むむっ、誰かしら? なんだか、すごい美少女の気配を感じるの!』


『そこまでです、悪いドラゴンさん。街の人からお金を取り上げるとか、そういうのは……えっと、良くないと思います。なの!』



 その小柄な人影の特徴は長い黒髪に銀色の鎧。さっきまで競売の手伝いをしていたほうの、勇者のコスプレをしたウルです。


 なまじウルが勇者本人を知っているせいか、口調を似せようとして残念な演技力を露呈してしまっていますが、兎にも角にもこれで役者は揃いました。舞台上には終始ウルしかいないのですが揃ったということにしておきます。

 観客にも、悪役のドラゴンを勇者に扮したウルが倒すという筋書きなのだろうと伝わったようです。元々、本日の招待客は特級の勇者ファンばかり。演技力の未熟さを差し引いても自然と評価が甘くなっている面もあるのでしょう。



『我が……じゃなくて、わたしと勝負です、ドラゴンさん!』


『ふっふっふ、望むところなの!』



 そして、舞台上で異なる姿のウル同士が戦い始めました。



◆前にどこかの話で書いたかもしれませんが、進化したウルの変身能力は体積や質量の縛りがなくなっています。大抵の生物への変身、身体の一部だけの変形、能力の再現なども可能なのですが、実は「生物」ではないアンデッドやゴーレムにはなれません。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 老後の安泰(笑) ウルちゃんの寿命とか尽きる前に散財しそうですね。 とくにお菓子とかお菓子とか…… [気になる点] たぶん神だから寿命とは無縁の存在になった筈…… あ、外見をおばあさ…
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