小道具の準備と控室の苦労人達
「さて、それではこのあたりで一旦休憩と致しましょう」
午後の部の開始から二時間強。
司会を務めるコスモスが休憩を提案しました。
「先程の貴賓室に飲み物や軽食の用意もございますので、ごゆっくりお寛ぎください」
用意されていた商品も半ばを過ぎ、会場の空気も本格的に温まってきた頃合い。
このタイミングで休憩を挟むのは、その熱に水を差すことにもなりかねませんが、なにしろ事は多額の金銭が絡む競売です。
如何に気を付けているつもりでも、熱くなってくるとどうしても視野が狭くなり、冷静さを欠くのが人間の性。加えて、競り落とすモノが通常のルートでは購入が難しい趣味の品となれば、より一層冷静さを失いやすい状況だと言えます。
実際、ここまで熱が入り過ぎてしまった客も少なくはないはず。
ここから先もまだまだ金銭という刃を振るう戦いを続けるつもりならば、ここらで一度頭を冷やして全体のペース配分を見直すことも必要でしょう。
「さて、それでは私はこの後の準備でも」
招待客のほとんどは貴賓室や手洗いに向かいましたが、休憩時間中にもコスモスにはやらねばならない仕事があります。
つい先程まで劇場ホール内には景気の良い声が飛び交っていましたが、ああした高額商品を扱う会場では落札したその場で即座に支払いをすることは基本的にありません。
即払い形式だと進行が遅れてしまいますし、扱う金額が金額ですからお金の重量だって馬鹿になりません。何百枚もの金貨銀貨をいちいち運んでいたら、予算以前に体力が尽きてしまう恐れもあります。
ならばどうするかというと、競売に参加する客は朝の来場時の段階で幾らの予算を用意してきたかを予め主催者に申告してあり、その各々の予算内で競り合うことになっているのです。
このように前もって予算を設定しておけば、ヒートアップしすぎて使ってはいけない大事なお金に手を出したりする事故も大体は防げます。あくまで、大体は、ですが。
今回の競売では、その予め申告された予算は預かり金として別室に保管されています。
具体的には、通常は役者の控室として使用されている大部屋を借り、招待客が連れてきた侍従や護衛達に見張りを頼む形を取っていました。
招待客の連れであれば身元ははっきりしていますし、様々な出自の者達がいるので自然と相互監視の形にもなります。武装した護衛もいるので、押し入ってきた賊にお金を奪われる心配などもないでしょう。まあ、普通の強盗などが相手であればの話ですが。
「さて、ちゃっちゃと終わらせてしまいましょう」
コスモスが向かったのは、まさにその控室。
競売会自体はまだ中盤ですが、全部が終わってから支払いの精算をするのでは時間がかかり過ぎてしまいます。なので、休憩時間を利用してその下準備を進めておこうというわけです。もっとも、理由はそれだけではありませんが。
「やあやあ、皆様。どうも、ご苦労様です」
「おや、貴女はたしか主催の」
「どうも、ご馳走になってます」
コスモスが控室に入ると、招待客の連れてきた侍従や護衛達が楽しげに談笑している姿が目に入りました。
客の連れが全員この場にいるわけではなく、中には主人の世話をするために近くで待機している者達もいるのですが、なにしろ会場が劇場の客席となれば普段と勝手が違います。十分な席数はあるのですが自由な身動きが取れないのでは意味がありません。それに先述のような預かり金を見張る役目も必要だったため、この場での待機を頼んでいるという次第。
彼ら彼女らにも貴賓室に用意したのと同じ上等な食事を手配したおかげか(流石にお酒はありませんが)、はたまたお喋りに興じる時間だけはたっぷりあったからか、あるいは雇用者の厳しい目がないからか、室内の空気はとても和やかなものとなっています。
もっとも、リラックスした雰囲気の理由はそればかりではありませんが。
「いやはや、旦那様のご趣味は私には少々……ええと、高尚すぎまして」
「ああ、分かるぜ。うちの雇い主が夢中になって集めてる物も、なんつうか……学がないせいか俺にはさっぱり分かんねえ」
「いやまさか、同じ苦労を人と共有できる日が来るとは。我が主人は大変に優秀で立派な方ではあるのだが、あの趣味ばかりはどうも理解しかねる。夜通しコレクションの自慢話に付き合わされた時には本気で転職を考えたものだ……」
あからさまに雇用主の悪口を言うわけにもいかないのでしょうが、彼らの言葉の端々から普段の苦労が滲み出ているかのようです。いくら仕事とはいえ、ゴミ同然としか思えないグッズ集めや自慢に付き合わされたり、自分達の年収以上の金額が投じられるのを近くで眺めていたりするのは……まあ、愉快ではないでしょう。
いっそ主人の趣味を理解し、共感できれば良かったのかもしれませんが、人間の興味関心というのはそう都合良く働いてはくれません。
ここ数日の間だけでも、怪盗に奪われたコレクションを取り戻すよう命じられ、しかし主人の名誉のためにほとんど情報を喋ることを許されないまま街中で聞き込みをして回るという、凄まじい徒労感を感じる無茶を強いられた者達もいます。
その件については解決したことになっていますが(「コスモスが怪盗を追って盗品が保管されたアジトを発見。犯人は取り逃がしたものの品物は取り戻した。恐らくは品物の価値が理解できなかったのだろうと説明済み」ということになっています)、砂漠の中に落とした針を探すかのような苦行を強いられた彼らの苦労が報われるわけではありません。
とはいえ、済んだことで悩むのは不毛というもの。
それに、そんな共感を覚える者同士だからか、控室で待機している侍従や護衛達はすっかり打ち解けたようです。もちろん預かり金の監視はしっかりしていますが、仕事とはいえ基本的には見ているだけ。人数にしても三十人以上はいるのです。多少なりとも気が抜けてしまうのは仕方がありません。
「それでコスモス様、こちらにはどういったご用で?」
「ああいえ、大したことではありませんよ。休憩中に落札された品物の精算を進めておこうかと思いまして。少々、お手伝い願えますか?」
精算といっても、そう複雑なものではありません。
誰が、何を、幾らで落札したかと記されたメモを元に、当該人物が預けたお金の中から取り出すだけ。念の為、その落札者が雇っている人間に一緒にお金を数えてもらい二重にチェックをする形になります。
「ひの、ふの、みの……はい、大丈夫です」
「ありがとうございます。これで前半分の精算は終わりですね」
実際、さして時間もかからずに精算作業は終了しました。
競売の後半が終わってから更にもう一度。そして余った預かり金を参加者に返却する作業は残っていますが、この調子なら特に問題もなく終わるでしょう。競売会に関しては。
「重そうですね。運ぶの手伝いますよ?」
「いえいえ、お気になさらず。それでは失礼しました」
コスモスは回収した金貨を大きな革袋に詰め込むと、ヨイショと担いで控室から再び劇場ホールへと向かいました。
この時点で怪盗団の一味であるコスモスが売上金を回収したことになるわけですが、しかし、流石にこれで計画の成功とするわけにはいきません。なにしろ、まだまだ面白味に欠けています。
大量の金貨はあくまで本番用の小道具。
舞台裏では既にウルとバーネットが準備を進めているはずです。
「どうやら予定外のお客様も何名かいらっしゃるようですが、まあ、細かいところはアドリブで修正していけばなんとかなるでしょう。ふふふ、面白くなるといいのですが」




