競売の開始と小さな勇者
劇場ホール内、客席。まだ完全に納得したとは言えませんが、昼食を終えたレンリ達は午前に引き続き見学を続行していました。
前半の品評会を見た限りでは、主催者であるコスモスにも他の参加者達にも邪念は一切ありません。あくまで勇者に対する純粋な憧れ……が、だいぶ行き過ぎて変質者染みた領域にまで到達してしまっただけ。
勇者が当時十代の少女だったがために関連アイテムを蒐集することに変態的な意味合いが生まれてしまっていますが、もしも勇者が筋骨逞しいマッチョマンであったとしても彼らは今と同じように髪や爪や汗の染み込んだシーツなどを集めていたことでしょう。いやまあ、それは単に変態度合いがより上級者向けになっただけかもしれませんが。
「多分、悪い人達じゃないんだよねぇ……」
レンリの呟きにルグとルカは苦々しい笑みで答えました。
現在、三人はホール内の客席に着いて競売会の開始を待っている状態。既に幕の上がった壇上では司会役のコスモスが後半開始前の口上を述べています。
「へえ、手を挙げた時の指の形でいくら出すかが変わってくるのか」
「ちょっと、面白い……かも……」
競売という催しに馴染みのないルグとルカは物珍しそうに説明を聞いています。
出品物には最低落札額が存在し、それ以上の金額を参加者がだんだんと提示していき、最終的に一番高い金額を提示できた者が入札するのが基本の流れ。挙手をした際に指を何本伸ばしたかで、それ以前の最高額にいくら上乗せするのかを示すルールになっています。
「キミ達、一応言っておくけど始まったら迂闊に手を挙げないようにね。こういうのって落札した後での『間違いでした』は絶対通らないから」
「あ、ああ。恐ろしい場所だな」
「う、うん……気を、付ける……ね」
参加者の顔ぶれを見る限り、本日の出品物はそれなり以上の金額になってくるでしょう。買う気もないのにうっかり手を挙げたら、興味のない品物に多額のお金を払わねばならなくなってしまいます。
「ふふ、そう身構えずとも普通にしてれば大丈夫さ……っと。もう説明は終わりかな」
ここから先はお金という矢弾が飛び交う一種の戦場。
和やかな雰囲気だった午前中に比べて客席の空気も引き締まったものになっていました……が、出品物を乗せた手押しワゴンが舞台袖から出てくると、意外にも場に満ちた緊張感が一気に緩みました。
「おや、あれってウル君だよね? 髪の色が違うけど」
ワゴンを押して出てきたのはウル。
しかし、普段の格好とは違います。
髪の毛は若草のような緑色から黒髪に変わり、長さも背中の半ばあたりまで伸びています。服装は(と言っていいのかは微妙な線ですが)白銀色の金属鎧。こんな子供サイズの鎧は防具店でもなかなか売っていませんし、ウルが普段衣服を作り出すのと同じように変身能力の応用で作成した物なのでしょう。
この会場内で、これが誰の姿を模したのか分からない者など一人もいません。
演劇や絵物語などでも頻繁に目にする格好です。
「さてさて、可愛らしい勇者さまがお手伝いに来てくれましたよ」
『どうぞ、よろしくお願いするの!』
コスモスに進行のアシスタント役として紹介されたウルはペコリと一礼。
わざわざ勇者のコスプレをしてきた甲斐あって、勇者好きの参加者達には笑顔と拍手で受け入れられました。どうやら愉快な演出として受け入れられたようです。
しかし、忘れてはいけません。
この小さな勇者の正体は怪盗の一味。こうして堂々と舞台の内外を行き来できる立場を得たのも、その恐るべき計画の一環だったのです。




