怪盗団、潜伏中
さて。
なんやかんやとありまして、今回の件に無関係だったライムも怪盗を探す側に加わることとなりました。どうやら怪盗の保護者であるキガン氏から話を聞いて、否、厳密な意味で聞いてはいないのですが何か大事なことを知ったようです。
ライムの気配や魔力を探査する能力は、逃げ隠れする相手を探す上では非常に有用。まだ事件が起こる前だというのに、怪盗団の仕事は随分とやりにくくなったことでしょう。
一方、当の怪盗少女バーネットはというと。
「……あれ、なんか寒気が? 風邪でも引いたっすかね?」
『大丈夫? ちゃんと夜は温かくして寝ないとダメなのよ?』
「うーん、風邪って感じじゃないっすけど……」
具体的な状況については知る由もありませんが、第六感じみた感性で何か良からぬことが起こりつつあるのを敏感に感じ取っていました。
ウルとコスモスが相手では手も足も出ませんでしたが、あれはあくまで相手が悪かっただけで、彼女の怪盗としての能力は、まあそれなりではあるのです。
「それにしても、ウルちゃん凄いっすね」
『我の可愛さが?』
「はいはい、可愛いっすよ。自分が言ってるのは魔力のことっすけど」
そんな怪盗一味は……コスモスはイベント主催者としての役目があるので別行動ですが……今朝の品評会の前からずっと劇場ホールの舞台裏で待機していました。
舞台裏というのは、まさにゴゴとユーシャが張り込んでいた場所。
ならば、とっくに鉢合わせていてもおかしくはないようにも思われますが、実際にはそのようになっていません。正確には、ウル達はゴゴとユーシャの存在に気付いていたのですが、その上で見事隠れおおせてのけたのです。
ユーシャ達の感知能力だって決して低くはありませんし、そもそも舞台裏というのはさほど広いわけでもありません。様々な道具が置かれている関係上、視界を遮る物陰となる部分は多いのですが、ただ単に隠れただけならすぐに見つかってしまったことでしょう。
カギとなるのは、ウルの魔力と七つ道具の『影潜りの衣』です。
現在、彼女達がいるのは正確には劇場ホールの舞台裏……の、床に出来た影の中にある空間。物理的な距離だけ見ればすぐ近くでも、通常の次元からズレた異空間にいたら見つかるはずもありません。
ちなみに『影潜りの衣』は非常に魔力の消耗が激しく、本来であれば追い詰められた際の緊急避難や非生物の道具類をしまっておく倉庫のような用途で使われていたのですが、それはあくまで常人並みの魔力しかないバーネットが用いた場合。
『ふっふっふ、我にかかれば余裕なの! このまま何日でも何年でも余裕なのよ。ここを秘密基地にするのも良さそうね』
「あ、いや、住み着かれるのはちょっと困るっす」
ウルの魔力は本体である迷宮から常時供給されています。
学都の中央に突き立つ聖杖が霊脈や地脈などと呼ばれる膨大な魔力を吸い上げ、迷宮の維持や成長やその他様々な用途に用いられているのです。
更にウルが神の“なりかけ”になってからは、扱えるエネルギーの規模も以前とは比べ物にならないほど増大しています。いくら消費量が多いとはいえ、元々人間用を想定して造られた道具程度では負担であるとさえ感じません。
「それより、ウルちゃん。もう午後の部が始まったみたいすね」
『うん、ここからだとよく見えるの』
影空間から外の様子を窺う時のイメージは、ほとんど流れのない湖の水中から湖面を見上げる、みたいな感じでしょうか。内外の出入口を兼ねている周囲の影を通して、その向こう側にある通常空間の様子を覗き見ることができるのです。
昼間の屋外などの条件下では都合の良い位置に影が出来るとは限りません。
最悪、影の中に潜っている間に人や馬車などが移動して出口が消えてしまう危険もありますが、今回のような屋内施設であれば影の少なさに悩むことはありません。劇場内のほとんど全ての場所に自由に出入りできますし、こうして自由に覗き見ることもできています。
「ウルちゃんがいれば、あとは自分が透明になってちょいと拝借してくるだけで済むんすけど……そうはいかないんすよね?」
『そうよ、そんなつまんないやり方じゃ美少女怪盗団の沽券に関わるの。これからの怪盗はもっとクールでセクシーでエキサイティングな活躍をしないと大衆は飽きっぽいからすぐ世間に忘れられちゃう……って聞いたのよ?』
「コスモスさんが言ってたんだろうけど、ウルちゃん意味分かってるっすか? いやまあ、自分も全然意味分かんないすけど」
ただお金を盗むだけなら簡単です。
いえ、本来なら盗む手間をかけるまでもありません。
そもそもイベントの主催者が共犯者な上、今日のターゲットはそのコスモスの懐に入るはずの手数料なのです。この計画は自分達のお金を自分達で盗みに行こうという茶番そのもの。
妙なところで遵法意識の高い怪盗団は、人様のお金や持ち物を盗んだりする気は一切ありません。しかし怪盗というものは是非ともやってみたい。その為に、一見すると無駄のようで本当に無駄しかない計画を立ててしまったわけでして。
「ここまで来ておいて今更っすけど……自分、いったい何をしてるんすかね?」
『それはもちろん怪盗なのよ?』
逃げようとしても無駄なのは散々思い知らされています。
バーネットが怪盗団から解放されるためには、コスモスとウルが怪盗気分を満喫して満足しなければなりません。それはきっと普通に怪盗をやるよりもずっと苦労が多い道程なのでしょうけれど。
三月いっぱいまで多忙のため投稿ペースがちょっと落ちそうなのですが、なるべく週2以上の更新ができるように前向きに検討することを善処したいと思います。




