大して深くない彼女達の理由
――――少し前。
「さて、お昼は何を買っていこう。ゴゴは何でもいいと言っていたが、さっき拾った変な形の石ではダメかな? 頑張れば消化でき……いや、ダメか。石は美味しくない。そういえば何でもいいと言われるのが一番困ると雑貨屋のおばちゃんが言ってたな。ふむふむ、今がちょうどそんな感じか。なるほど、これは困る」
昼食の買い出しのために劇場を出たユーシャは街中を歩いていました。
ちょうどランチタイムということもあって、市内の飲食店はどこもかしこも活気づいています。近頃は街の外から来た旅行者が多いせいか、普段はなんてことのない料理屋でも行列待ちが当たり前。早く店を決めないと商品が売り切れてしまうかもしれません。
ですが、その前に。
「おや、あれはライムと……誰だ?」
ユーシャが歩いていると知り合いを見かけました。
一人はエルフ族のライムですが、それ以外は初めて見る顔です。
巨大なドワーフ族の老人に、あとは数名の衛兵。
事件という風ではありませんが、衛兵達は随分と困った顔をしています。
「ええと、つまり人を探しているってことでいいんですかね?」
「……ぬ」
「すみません、ライムさん。今の『ぬ』の意味は分かります?」
「ん。その通りだと言っている」
ライムがしているのは、通訳、でしょうか?
「それじゃあ、お爺さん。探している人の特徴とかは?」
「ぬぅ」
「ん。ヒト族の女子。十代前半。神官の格好?」
老ドワーフ、キガン氏の言葉は言語として成立しているかも怪しいほど短いのですが、不思議とライムには意味が読み取れるようです。無口繋がりゆえでしょうか。
「ライムさんすげぇな。これだけで何で分かるんだろ?」
「慣れ」
「慣れ?」
ライムがキガン氏の言葉を理解できるのは、彼女の故郷の村にも同じくらい無口なエルフがたくさんいたからです。ライムの姉であるタイムや彼女達の母親などは喋りが達者なタイプなのですが、村にはライムと同じかそれ以上に寡黙な者も少なからずいます。
その理由は単に面倒臭がりだったり恥ずかしがり屋だったりと様々ですが、日常生活を送る上での支障は特にありません。エルフ族は寿命が長すぎるせいか、いわゆるツーカーの関係が行き過ぎて、わざわざ思ったことを口にしないでも問題なくコミュニケーションが取れるのです。
僅かな魔力の揺らぎから感情を推察したりだとか、森の生活で養われた鋭い感覚も他者の意図を読み取る助けになっているのでしょう。高度に発達した洞察力は、最早、ちょっとした読心術みたいなものかもしれません。
そういった意味を込めてライムは「慣れ」と言ったのですが、もちろん衛兵達には分かりません。この場にシモンがいれば理解できたかもしれませんが、最近彼は忙しくしていて日中はずっと執務室にこもり切りなのです。
「あのお爺さんが人を探してるのか?」
ライムや衛兵のやり取りを聞くうちに、通りかかっただけのユーシャにも事情が呑み込めてきました。
元々、キガン氏に道を尋ねられた……ということすら途中まで定かではなかったのですが、言葉数が少なすぎる相手に苦戦していた衛兵達を見かねて、通りかかったライムが助け舟を出したという状況だったのです。
ライムの通訳によって、だんだんと手掛かりも揃ってきました。
迷子探しなら衛兵達も慣れたものです。もう少しヒントが増えれば老人の探す相手を見つけることもできる……かと思われたのですが。
「ぬ」
「ん?」
「……ぬぅ」
「……むぅ」
少し雲行きが怪しくなってきました。
エルフ式翻訳術も完璧ではないということなのでしょうか。
「うーん、これ以上細かいところまでは分かりませんかね?」
「まあ、おかげで大体の年齢と背格好は聞き出せたし、あとは我々でなんとか頑張ってみますよ。ご協力ありがとうございました。進捗がありましたら宿のほうにご連絡しますんで」
「……あ」
とはいえ、これでも最初に比べれば大きな進歩。何か言いたげなライムを残して、衛兵達は早速迷子探しに向かってしまいました。
「……むぅ。怪盗?」
「ぬ。然り」
ライムが思わず言い淀んでしまったのは、老人が探している相手の正体を衛兵の前で明かして良いものか迷ったから。特に怪盗個人や老人を庇う義理はないのですが、迷子探しと怪盗探しでは話が大きく変わってきます。
この場のやり取りがキッカケになって大きな事件にでもなれば、シモンが今以上に忙しくなって、構ってもらえなくなってしまうかもしれません。
「怪盗? なんだ、お爺さんは怪盗を探していたのか」
「ん?」
「ぬ?」
「その子なら多分この後で劇場に来るはずだぞ。昨日聞いたんだけど、コスモスとウルが本物の怪盗と仲良くなったから一緒に怪盗団ごっこをすることになったらしい。わたしとゴゴはそれを追いかける役を頼まれてるんだ。鬼ごっこみたいで楽しみだ」
しかし幸い……かどうかはまだ分からないけれど、たまたま「怪盗」というフレーズを耳にしたユーシャには怪盗の居所に心当たりがありました。正確には現時点での居場所は分からないのですが、この後で劇場に現れることを知っていました。
ついでに、ユーシャはコスモス達がやろうとしていることを単にそういう設定の遊びだと思い込んでいたのですが、それについては間違いとも言い切れないのが悩ましいところです。
「よし! お年寄りには親切にしたほうが勇者っぽいし、わたしが案内しよう。ああでも、その前にお昼ご飯を買っていかないとな。二人はお昼まだなのか?」
◆◆◆
……と、大して深くない理由があってユーシャは二人を連れてきたのです。




