舞台裏の乱入者たち
さて、レンリ達が貴賓室に向かった頃のこと。
『……うーん、実にひどい』
会場となっている大劇場内の備品庫。職員以外は立ち寄らない部屋に潜んでいたゴゴは、先程まで隠れて観察していた午前の部の内容を思い出して嘆息しました。
コスモスから招待状を受け取っていたので、その気になれば正面から入場することもできたのですが、用心のためにあえて身を隠して忍び込むことにしたのです。
そもそもの目的だった怪盗に関しては、すでにコスモスに先を越されて確保されてしまいました。本日この後でまた事件を起こすつもりだとも聞いていますが、そちらは主催者もグルのごっこ遊びのようなもの。仮に身柄を確保して騎士団に突き出しても扱いに困るだけでしょう。コスモスに目を付けられた怪盗には同情こそすれ、もはや捕まえてどうこうする気はありません。
ですが、元々ゴゴは怪盗だけでなく盗難の被害者にも疑いの目を向けていました。被害を公にできないのは、たとえば違法薬物や呪いの品や希少な生物など、法に触れかねない怪しげな物品だからではないのかと。
わざわざ忍び込んで身を隠しつつ品評会の様子を観察していたのは、そのあたりの疑いを明らかにするためであり……実際、怪しげな品が次々と出てはきたのですが、幸か不幸かゴゴのイメージした怪しさとは方向性がだいぶ違いました。
倫理的には限りなくアウトに近いものの、法的には恐らくセーフ。
ゴゴがその気になれば迷宮都市の魔王宅にいる自分自身を通じて今すぐ報告することもできますが、仮に勇者本人がこの怪しげな会の実情を知ったとして、果たしてどうするのか?
堂々と人前に出て止めて欲しいと頼むのは現実的ではないでしょう。
なにしろ本人不在と思われている現状ですら、あれほどの熱狂ぶりなのです。自らの世界に帰還したはずの勇者が実はこの世界と自由に行き来しながら暮らしていたなどとバレたら、どんな混乱が起こるか予想もつきません。
ならば勇者の正体を隠したまま蒐集家達の住処に侵入して、コレクションを盗み出すなり破壊するなりするのはどうか。能力的には、やろうと思えば簡単にできるでしょう。
しかし、それではやっていることは怪盗と変わりません。
不法侵入なり器物破損なりは避けられませんし、あの勇者は誰も見ていないからと平気で規則破りができるような性格でもありません。あの一家の他の人々も同様です。
もしゴゴがこの場で見聞きしたことを正直に報告したら、勇者は嫌な気分を抱きながらもそういう人達がいるのは仕方ないと、結局はそのまま我慢してしまいそうです。ならば、もう何も見なかったことにして報告せずに忘れてしまうのが一番なのではないかと……。
「おーい、ゴゴ。遅くなって悪かったな。外でパンを買ってきたぞ」
『おや、ありがとうございます』
ゴゴが考え事をしていると備品庫の扉が開いてユーシャが入ってきました。
もちろん彼女達はこの施設内の扉に対応した鍵など持ってはいないのですが、単純な物理錠であればゴゴが肉体を変形させれば何とでもなります。昼食の買い出しに向かったユーシャには、あらかじめ指を変形させた鍵を一本預けておいたのです。
勇者らしいことをしてみたいという望みを持つユーシャは、ゴゴに付き合って劇場に忍び込み、午前の部を舞台裏からこっそり観察していました。
まあしかし結果は先述の通り。
もしこれが悪党の集う闇取引の現場であれば心おきなく正義の味方として活躍できたのでしょうが、ただ変態であるというだけの人々をやっつけるわけにはいきません。いくら変態でも人に迷惑をかけない限りは尊重しなければいけない権利や自由といったものがあるのです。
「はっはっは、勇者というのは色んな人に好かれるんだな。私もあれくらい人気者になりたいものだ」
それに生まれて間もないユーシャには、品評会に出てきたような品々の何が問題なのかもイマイチ分かっていないようなのです。肉体こそ成人並みですが、根本的な人生経験が不足しているせいか常識やら感性が一般的なそれからズレてしまう部分があるのでしょう。
『もう観察を続けても成果はなさそうですし、これを食べ終わったら引き上げますかね……って、ずいぶん買ってきましたね。そんなにお腹が空いてたんですか?』
ユーシャが買ってきたパンはとても二人で食べきれる量ではありません。レンリでもいれば別ですが、彼女は今頃貴賓室に用意された豪勢なパーティー料理を食べているはずです。
「いや、パン屋さんに行く途中で見かけてな。せっかくだから一緒に食べようと誘ってみたんだ。さあ、入ってくれ」
「ん。お邪魔」
『ああ、ライムさんでしたか』
ユーシャが声を掛けると扉の外から小柄な影が姿を現しました。買い出しに向かう途中でライムを見かけて昼食に誘ってみたのか……と、ゴゴも一時は納得しかけたのですが。
「ん。どうぞ」
「ぬぅ」
続いて姿を現した巨大な影には見覚えがありません。
その大柄な老ドワーフは、あまりに身体の横幅が太いせいで扉を潜るのも一苦労。どうにか室内に入ってくると、圧迫感で部屋が一気に狭くなったように感じられます。
『……そちらの方は? ライムさんのお知り合いですか?』
「違う」
「否」
ライムやユーシャの知り合いというわけでもなさそうです。
ならば当然、どうして赤の他人を連れてきたのかという話になってきます。
「ああ、これには深い理由が……いや、そんなに深くはない。浅い理由があってな。でもほら、お年寄りには親切にしたほうが良いだろう?」
『だろう、と言われましても』
「ええと、まずパン屋さんに行く途中で……そうそう、いっぱい買ったから値段をちょっとオマケしてもらったんだ。前にアルバイトをした店のおばちゃんに聞いたんだけど、ここのパン屋さんはチーズのサンドイッチが美味しくて――」
『それは後でじっくり聞きますから、その前にですね……』
話している途中で脱線しがちなユーシャはこうした説明に向いていないのですが、ライムや老ドワーフはそれ以上に向いていません。ゴゴは根気強く辛抱しながら説明に耳を傾けるのでありました。




