蒐集家の習性。あるいは願望について
あけましておめでとうございます
「まあ、そんなこんなで一応来てみたわけだけど……」
コスモス曰く、とある種類の蒐集家の交流会当日。
開催直前の昨日になって突然誘われたレンリとルグとルカは、普段よりちょっとお洒落な格好をして、会場であるエスメラルダ大劇場を訪れていました。開始予定の時間までにはまだ三十分近くあるのですが、早くも劇場のロビーには他の招待客と思しき人々が見受けられます。
「な、なあ、なんか俺達場違いじゃないか?」
「う、うん……ちょっと、怖い……かも」
レンリは堂々としたものですが、ルグとルカはなるべく目立たないようにと大きな柱の陰に隠れるようにしています。
元々臆病な気質のルカはともかく、ルグまでそういう行動を取るのは珍しいのです……が、無理もありません。なにしろ他の招待客というのが、
「やあやあ、ご無沙汰しております外務大臣閣下。一昨年の国際会議以来ですな」
「いえいえ、こちらこそ。おや、あちらの方は某国の王太子殿下では?」
「おお、たしかに。そういえば、先程は中央神殿の枢機卿も見かけましたよ」
ちょっと耳を澄ませただけで、なにやら上流階級っぽい名前がどんどん出てきます。根っから庶民のルグ達には彼ら彼女らがどれほど偉いのかもキチンと理解できないのですが、それでも迂闊なことをして不興を買ったら大変なことになってしまうだろうとの想像はつきます。
「なに、よっぽどの無礼を働かない限りは大丈夫さ。堂々としてれば心配ないって」
「そ、そう……かな……? 堂々と、するの……難しい……」
まあしかし、レンリの言うように余程の真似をしなければ、彼らが初対面の少年少女に絡んでくるようなことはないでしょう。
「それに今日は趣味の集まりらしいからね。さっきから見る限りでは機嫌の良い人ばかりだし、一緒になって楽しむくらいのつもりが丁度良いんじゃないの?」
「楽しめればいいけど……結局、今日は結局何をする集まりなんだ? いや、昨日コスモスさんが品評会がどうとか言ってた気はするんだけど、あの人の言うことは全体的になんだかよく分からないからな」
昨日、三人が説明を受けた限りでは、本日の主旨は品評会と競売会。
競売会については実際に参加したことはないものの、ルグとルカにもなんとなく想像がつきます。具体的には、あまりお金を持っていない自分達にはほとんど関係がないであろうと想像できました。
しかし前者の品評会に関しては、まるで分かりません。
言葉の意味をそのままに受け取るならば、対象となる物品を皆で見てその価値について語るということなのでしょうが、わざわざ遠方から人を集めてそうする行為にどういった意味があるのかというと……。
「キミ達は蒐集家って生き物の習性を知ってるかい?」
と、レンリが話題を切り替えました。
特定のモノを集める趣味を持たないルグ達に分かりやすくするため、異なる切り口から説明を試みるつもりのようです。
「蒐集家の、習性?」
「うん、習性ではなく願望と言い換えてもいいかもね」
蒐集家の習性。
あるいは願望。
レンリ自身も刃物の蒐集をしていますし、コレクションの対象こそ違っても、共感できる部分が少なくないのかもしれません。
「一つは当然、自らが好むアイテムを手に入れたいという願望だ。個人的な好みや拘りも影響してくるから一概には言えないけど、これは大雑把に、古くて珍しい物ほど良いとされることが多いね」
蒐集家の願望、その一。
言うまでもなく、好むアイテムを入手したいという気持ちです。だからこそ彼ら彼女らは蒐集家と呼ばれるわけですし、ルグ達も共感はできずとも一定の理解はできます。
「そして、もう一つ。今回みたいな品評会だと、こっちの願望を満たすのが主目的だろうね。正直、あんまり品が良いとは言えないし、大声で言いにくい欲求ではあるけれど」
そして、レンリが考える品評会の真の目的。
それはもう一つの願望に起因するものです。
「見せびらかして、自慢したい」
別に蒐集家の全員が全員というわけではありません。
中には純粋に目的の物品を集めるだけで満足する人もいるでしょう。
しかし、全員が全員そうも純粋で在れるわけでも、そう在りたいと思うわけでもありません。その場合、苦労して集めたコレクターアイテムはそのままコミュニケーションツールとして機能することとなります。
「え? 自慢って、あの人達がか?」
「そのため、に……わざわざ……?」
「そう、多分ね」
自慢のアイテムを見せびらかして、羨望や賞賛を浴びたいという欲求は非常に強烈。この会場に集まった紳士淑女も、その誘惑には勝てなかったのでしょう。
「ただし、見せる相手は誰でもいいってわけじゃないんだ。その価値を正しく理解できる人間じゃないといけない。だって、そうじゃないと自慢のし甲斐がないからね」
大抵、蒐集家という人種は孤独なものです。
身近な家族や友人に同好の理解者がいれば良いのですが、そういった幸運なケースは稀。むしろ、ゴミ同然の品物に大金を投じたことを非難され、増え続けるコレクションが邪魔だと疎まれ、肩身の狭い思いをすることのほうが多いかもしれません。
資金や生活スペースに余裕のある権力者や資産家でも、変人扱いは避けられないでしょう。表立って非難されずとも、そういった内心の空気というのは自然と伝わってくるものなのです。
しかし本日この場に集まったのは、自慢のコレクションの価値を正しく認識できる者ばかり。同好の士という枠を超えて、もはや戦友とすら呼べるかもしれません。
「だからまあ、自慢して羨ましがらせたり逆に羨んだりするのまで、全部まとめて楽しみの一環なのさ。欲しいモノを他人が所有していたら売買や交換の交渉もできるかもしれないし……っと、そろそろ時間かな」
雑談をしている間に午前の部の開始時間が目前に迫ってきていました。
同じく招待されているはずのゴゴやユーシャの姿は見当たりませんが、これ以上ロビーで待っていたら開始時刻に遅れてしまいます。レンリ達三人は劇場のホール内に移動すると招待状に記載されていた席に着席しました。
「皆様、本日は遠路遥々お集まりいただきありがとうございます。さて、本来であればお一人ずつご挨拶をしたいところではございますが、残念ながら時間は限られております。あまり“おあずけ”が長引くのも酷というものですし、サクサク本題に進むといたしましょう」
最初に、主催者であるコスモスが壇上に現れて短い挨拶を。
「はてさて、どのような名品珍品が飛び出してくるのやら。それでは午前の部、勇者グッズ品評会を開始いたします」
勇者グッズ品評会。
その、一見微笑ましい字面に騙されてはいけません。
勇者に憧れる老若男女は無数に在れど、本日この場に集まったのはとびっきりのマニア揃い。この会の本質にレンリ達が気付くまで、そう時間はかかりませんでした。




