盗まれたモノ、なーんだ?
「ええと、ここで最後ですね。お付き合い頂きありがとうございました」
怪盗団の結成から数時間後。
とっくに日付も変わった深夜の街中で、コスモスとウルとバーネットは何軒もの屋敷や宿屋に次々と忍び込んで、とある用事を片付けていました。
「それにしても宜しかったので? 私から頼んでおいてなんですが、正直、せっかく盗んだモノを素直に返却していただけるとは意外でしたな」
とある用事とは、怪盗ガーネット名義で盗み出した品々の返却。
影空間内に置かれた七つ道具『安心金庫』に保管してあったそれらを、わざわざ元の持ち主に返して回っていたのです。
時間が時間だけに所有者達は既に就寝中でしたが、テーブルや枕元など室内の目に付きやすそうな位置に置いてきたので翌朝目覚めたらすぐに気が付くはずです。昨日のうちにコスモスが取り返すと約束していたとはいえ、この仕事の速さにはさぞや驚くことでしょう。
もちろん、これだけ早く返せるのは盗み出した当人が素直に納得したからこそ。
バーネットの目的は怪盗ガーネットの名で活躍して悪名を広めること。つまり盗み出すことに意味があり、盗品自体は単なるトロフィーでしかない……などというほどストイックな怪盗に徹するつもりはなく、むしろ彼女としてはさっさと金銭に換えて手放してしまいたかったようなのです、が。
「アレ、何なんすか? 正直、自分にはゴミにしか見えなかったんすけど」
『我もさっき返す前に見せてもらったけど、よく分からなかったの』
盗んだ品々はそれぞれ多少なりとも中身は違うものの、バーネットの目にはどれもゴミにしか見えないようなモノばかりでした。先程、返却途中で目にしたウルも同意見でしたし、恐らくは世の中のほとんどの人間にも同じように映ることでしょう。
そんなモノ、金銭に換えられるわけがありません。
逆に処分料を払えと言われても文句を言えないような、本当にゴミにしか見えないようなモノばかりだったのです。
「盗みに入る前にコレでチェックしたし、何かしらの価値はあるとは思うんすけど」
そう言ってバーネットが取り出したのは、怪盗七つ道具の一つである『欲視の単眼鏡』というアイテム。その効果は、名前の通りに人の欲望を可視化する道具です。
一口に欲望と言っても種類は様々。
この単眼鏡を通して物を見ると欲の性質によって異なる色合いの、欲の多寡に応じて強くなる光が見えるように。また、それらの欲望の発生源である人間のみならず、それらの人物が執着を向ける物体にも欲の光が纏わりつくように映ります。
これならば、たとえ見つかりにくいように隠されていたとしても品物の在処は一目瞭然。忍び込む建物の選定もやりやすくなりますし、バーネット自身に鑑定のための知識がなくとも価値ある物を簡単に見分けることも出来るようになります。
「で、そこからが肝心なんすけど後ろめたさとか罪悪感とか、そういう色が混じった光が狙い目なんすよ。そういうのって大体、大きな声で言えない手段で入手したやつだから盗まれても通報とかされにくいし。ママもよく言ってたっす」
大まかな傾向として、強い光であるほど高価だったり貴重だったりする可能性が高い。その上で品物に大きな声で言いにくい来歴があるのなら、盗み出した後で追跡をかわすのも容易になるという寸法です。
実際、その狙いについては見事当たっていたと言えるでしょう。
街でこれだけ怪盗の話題が流れながらも騎士団が扱う事件にはなっていなかった事実がそのまま証明になっています。
仮に盗難に遭った品物が違法な取引で入手したものであったり、あるいは所持そのものを禁止されている禁制品だったら、余程の間抜けでもなければ公的な捜査機関に通報しようとは思わないでしょう。そんなことをすれば犯人よりも先に自分が捕まってしまいます。
「はっはっは、その単眼鏡で盗みに入る先を探していたら、それが揃いも揃って私の顧客の方々だったと。それは災難でしたね」
「コスモスさんはアレが何なのか知ってるんすよね?」
「はい、もちろん。まあ一種のコレクターアイテムと申しますか。一応、取引や所持そのものに法的な問題はありませんよ」
世の中には余人には理解し難いような蒐集家がいるものです。
古い貨幣や郵便切手、生産数が少ない玩具、空の酒瓶……等々、比較的メジャーな種類であっても同好の士以外にはほとんど理解されることはないでしょう。一見ゴミにしか見えない品物を血眼になって探し、目の飛び出るような高額で購入するなど狂気の沙汰と思われても仕方ありません。
コスモス曰く、怪盗が盗み出した品々はそういった特定の蒐集家にしか価値が認められないような物ばかりなのだとか。バーネットやウルに価値が分からないのも無理はありません。
『でも、どうしてそういう珍しい趣味の人達が同時に集まってたの?』
「あれ? そういえばそうっすね」
現在の学都は迷宮の女神像騒動のせいで国内外から多くの人が押し寄せてきています。しかし、前述のような特殊な趣味の人々が一週間のズレもなく全く同時期に訪れたというのは単なる偶然とは考えにくい……というか。
「実はですね、明後日……いえ、もう日付が変わったので明日ですか。私の主催でちょっとしたイベントを企画しておりまして。顧客の皆様はそのために大事なコレクションを携えてこの街にいらっしゃったと申しますか」
実は。
あるいは案の定。
全てはコスモスの企みによるものだったのです。




