結成! 美少女怪盗団
まあ何を話すにせよ他人様の敷地内でというのは宜しくありません。
なにしろ現在この場にいる面々は全員不法侵入中の不審者なのです。家人に気付かれて通報でもされたらとても気の毒なことになってしまいます。主に、コスモスの取り調べをさせられる騎士団関係者が。
幸い、まだ気付かれている様子はありません。
屈辱のあまり泣き出してしまった怪盗、神官少女バーネットをなだめつつ、コスモス達は近くの建設現場へと移動しました。お世辞にも快適とは言えませんが、そこかしこに置かれた建材の山や作りかけの建物は身を隠すにはもってこい。これも先程と同じく不法侵入ではあるのですが恐らく作業員は明朝まで来ませんし、人が住んでいる屋敷よりは安全なはずです。
「……ガーネットっていうのは死んだママの名前なんすよ」
自慢の七つ道具の仕組みをあっさり看破し、怪盗としてのプライドをバキバキにへし折られた少女は、最早観念したのか意外にも素直に会話に応じました。
もしもコスモスやウルが正義や道徳といった動機で怪盗を追っていたのなら、今頃彼女は騎士団に突き出されていたことでしょう。
しかし現状そうはなっていない。
ならば、解放されるよう交渉するなり会話をしながら逃げる隙を探すなどするのが現時点における最も合理的な行動。一時は感情が昂りすぎたせいで『心凍の指輪』の許容値を超えてしまいましたが、指輪の持つ鎮静作用は時間の経過と共にまたすぐ頭を冷やしてくれたようです。
「パパが必要な道具を作って、ママが色んな物を盗み出して、それで足が着かないようにあちこち旅しながら売り捌く、と。自分で言うのも何だけど、ハッキリ言って結構なロクデナシ一家っすね」
ところで、何故バーネットが身の上話をしているかというと、単純にコスモスとウルに求められたから。当の怪盗本人としてもなかなか信じ難いものがあったのですが、彼女達には怪盗という存在への憧れというか、あわよくば自分もなってみたいという気持ちがある様子。最初はからかわれているのかとも考えたのですが反応を見るに嘘とも思えません。
『はいはい、質問なの!』
「さっきの、その、七つ道具でしたか? もっとよく見てみたいのですが」
「……まあ、いいっすよ。一応、家族の形見だし寄越せとか言われたら困るっすけど、見せるだけなら」
怪盗を怪盗たらしめている七つ道具は、本来気軽に見せびらかすようなものではありません……が、残念ながらそれらが目の前の二人組に通用しないのは実証済み。
まだ披露していない道具もいくつかあるとはいえ、バーネットとしてはそれらを用いてもコスモス達を撒けるイメージがどうにも湧いてこないのです。
そして、その勘は恐らく正しい。
バーネットにとっての最悪は、二人の機嫌を損ねて道具を奪われてしまうことです。コスモスやウルをよく知る人間が聞けば、彼女達がそういった面白味に欠ける直接的な手段を取る可能性は極めて低いと分かりそうなものですが、まだ付き合いが浅い以上、警戒心を持つのも仕方のないことでしょう。
『このベルトを巻けばいいのね? おお、我の身体がスケスケになったの!』
「ウルさま、こっちのマントも面白いですよ。影の中の空間が意外と広くて快適で。おや、中に変わったデザインの箱がありますな?」
「ああ、その箱は『安心金庫』っすね。中に物をしまった人間しか開けられなくて、無理にこじ開けようとすると中身ごと爆発するようになってるっす」
七つ道具の『影潜りの衣』で侵入できる影の中は異空間にある小部屋に繋がっていました。盗んだ品物をここに隠しておけば絶対に見つかる心配はないでしょう。
「家具や食べ物を持ち込めば良い秘密基地になりそうです。バーネットさまは、そういう使い方はしないのですか?」
「あー……、自分も考えなかったわけじゃないんすけど、生き物が影の中に潜ると結構な勢いで魔力が吸われ続けるから無理っすね。自分だと中にいられるのは一度に二分くらいが限度っす。ちなみに中で魔力切れを起こすと気絶した状態で外に放り出されるっすよ」
間違いなく有用ではあるけれど、道具によってはそれなりのリスクもあるようです。先刻、マギーに追い回されていた時に『影潜りの衣』をギリギリまで使わなかったのは余裕を見せたわけではなく、むしろその逆。かなりのピンチだったのでしょう。
「なるほど、欠点がないわけではない……とは仰いますが、これらの道具が並外れた逸品であることに違いはないでしょう? 亡くなられたパパ上さまは、相当に腕の立つ技術者だったのですね」
「まあ身内の贔屓目もあるかもしんないすけど。こういうのお店で売ってるの見たことないし、他に造れるって人も聞いたことないっすからね」
「ぶっちゃけ、わざわざ怪盗とかやらなくても、これらを売れば一生余裕で食べていけるくらいの金額になりそうですな。なんなら私がそちらの言い値で買わせていただきますが?」
透明化や影潜り、精神への作用など、一つ一つの機能を見ればまったく前例がないというわけではありません。同種の魔法の使い手はそれなりにいるはずです。しかし、それらの魔法の使い手が、その魔法をそのまま道具の形に落とし込めるかというと決してそんなことはありません。
これらの道具の優れた点は多大な労力と時間をかけて該当の魔法を習得せずとも効果を発揮できる部分にあります。これまでの用途が用途なだけに一般の市場で堂々と売りに出すわけにはいきませんが、七つ道具の詳細を知れば大金を出してでも買いたいと考える人間は決して少なくないでしょう。
盗み以外にも商売や軍事など応用の幅は広くありそうです。
詳しく研究すれば更なる改良や量産化もできるようになるかもしれません。
「ありがたい話、とは思うっすけど……」
「おや、振られてしまいましたか。あえてママ上さまの名前で怪盗業に勤しんでらっしゃるみたいですし、やはりご両親の後を継ぎたいとか、代わりに名を馳せたいとかそういうアレですか?」
「人の口から改めてそう言われると恥ずいっすけど……まあ、そういうアレなんすかね。親の名前で悪行に勤しんで悪名を広めるって、我ながら酷い親孝行の仕方もあったもんすけど。いやでも、ママ達ならこういうので普通に喜びそうな気もするしなぁ……」
しかし金銭だけが目的ならば、そもそも怪盗などしていません。
合理的に考えれば、道具をお金に換えて不自由なく穏やかに暮らしていくのが賢い選択なのでしょう。それはバーネット自身も理解して、その上で理性的に不合理な道を進んでいるわけです。
両親への憧憬や、寂しさの穴埋めや、あるいは単にそういうアウトロー的な生き方が性に合っていたからか。根本にある理由は本人にも定かではないのですけれど、さて、それはそれとして……、
『うーん、なんだか良い話な気がするの!』
「ええ、良い話です。実に感動的ですな」
ウルとコスモスには今の話が妙な刺さり方をしてしまいました。
突然の事故で両親を亡くした少女が頑張って家業を継ごうとしている、と強引に解釈すれば一応は良い話になるのでしょうか?
「ウルさま、路線変更です。怪盗の称号を奪い取るのは止めにして、バーネットさまのお手伝いをするというのはいかがでしょう?」
『うん、我もそれがいいと思うの!』
「というわけで、ボス。これからどうぞ宜しくお願いします。共に怪盗ガーネットの名を世界に広く知らしめましょう」
「えっ……え、ボスって? じ、自分っすか?」
『リーダーとか、お頭とか、首領とかもあるのよ。好きなのを選ぶといいの』
話題の急展開に付いていけないバーネットを置き去りにして、コスモスとウルは勝手に大事な話を進めます。
「ソロ活動ではなく怪盗団ともなれば、それなりの準備も必要ですな。秘密のアジトに、おそろいのコスチュームに……ああそうだ、チームなのですから個人用のコードネームとは別に組織の名前を考えなければ」
『はーい、我は可愛い我にちなんで「美少女怪盗団」が良いと思います!』
「ふむふむ、他に意見のある人は? シンキングタイム、三、二、一……はい、特にないようですので我々のチーム名はウルさま考案の『美少女怪盗団』に決定しました。変更は受け付けておりません。というわけで、バーネットさま。我ら美少女怪盗団の初代ボスとしてのご活躍を期待しております」
「……はい? まさか、そんな自意識過剰っぽい集団のボスを自分にやれと? いや、お二人はともかく自分には荷が重いんじゃないかと……」
「いえいえ、そんなことはありません。自分から美少女を名乗るイタい集団のトップが務まるのは、怪盗としての経験で度胸を培ってきたバーネットさま以外にあり得ませんとも」
「今、イタいって言ったっす!? ウルちゃんはともかく、コスモスさん絶対分かっててわざとやってるっすね! あと、そんな意味不明な度胸に覚えはないっす!」
『こらこら、ボスだからって団の方針を決める真面目な会議の途中で私語はダメなのよ? この後は決めポーズの練習と怪盗団のシンボルマーク作りで時間が押してるの』
「あれ、自分っすか? 自分のほうがおかしいんすか? なんだかもう、何もかも分かんなくなってきたっす……」
かくして、怪盗少女バーネットは頼りになる部下二人を得て、栄えある『美少女怪盗団』の初代ボスに就任することになったのです。なってしまったのです。




