コスモスとウルと可哀想な怪盗
「ふふふ、ドッキリ大成功」
『イエーイ、なの!』
背後から忍び寄って怪盗にドッキリを仕掛けたコスモスとウルは、テンション高めにハイタッチなどしています。怪盗は今もまだ透明なままなのですが、彼女達は気配や雰囲気で相手がそこにいるものと見做して一方的に話を進めます。
「ふふふ、貴方が噂の怪盗ガーネットさまですか? どうも、はじめまして。こんばんは、お元気ですか? ちなみに私は元気です。今朝も人に見せて自慢したいくらい太いのがモリモリ出ました。さて突然ですが怪盗って本当に良いものですね。すごいなぁ、憧れちゃうなぁ。というわけで、私も是非やってみたいのですがネタ被りは御免被りますので……ええ、ここは一つ先達である貴方さまから怪盗の称号を盗み取って差し上げようかと!」
厄介な変質者に目を付けられた可哀想な怪盗は、困惑のあまり動くことができないでいます。まあ、無理もありません。
『よーし、それじゃあ早速……あれ? ねえねえ、ところで怪盗の称号を盗むのって具体的にどうするの?』
「良い質問ですね、ウルさま。それは……はて、どうしましょう? 思いつきで来てしまいましたが形のないモノを盗むにはどうすれば? いったい何をどうすれば盗んだことになるのか? ふふふ、なんだか哲学的ですな」
『ドーナッツの穴を食べるにはどうすれば、みたいなものかしら?』
「ええ、大体そんな感じです。ウルさまはお利口ですね。特別に花丸をあげましょう」
『わーい、なの!』
とりあえず怪盗の目の前にまで来てみたものの、彼女達にここから先の具体的なプランがあるわけではありません。基本的には行き当たりばったり。怪盗の称号を盗むなどと言ってみたはいいけれど、スポーツ競技ではあるまいし現タイトルホルダーを倒せばそれで済むというものでもないでしょう。
「まあまあ、こういう時は素人考えではなく専門家の判断を仰ぐのが賢明というものですよ。つまり、この場合は盗みの専門家ですね。というわけで、怪盗さま。怪盗の称号を頂戴したいのですが、我々は何をすればいいのでしょう?」
『さあ、キリキリ吐くがいいの!』
この二人が透明になっている怪盗の存在を完全に把握しているのは間違いありません。喋っている内容に関してはまったく意味が分かりませんが、称号どうこうを抜きにしても大きな脅威であることは確実。
「…………」
『あっ、人が話してる時はちゃんと聞かないとダメなのよ!』
怪盗は考え得る限り最も賢明な判断をしました。
つまりは変人の相手をせずに一目散に逃げ出したのです、が。
「ヘイヘイ、ディーフェンス! ディーフェンス!」
『ふっふっふ、ディフェンスに定評のある我に任せるの。近所の子との鬼ごっこで鍛えたテクが火を噴くのよ!』
残念。
怪盗は回り込まれてしまった。
◆◆◆
現在も、これまでも、怪盗は全ての犯行現場でほとんど声を発していません。
それは透明になれる能力をキチンと活かすべく予想外のアクシデントに直面しても声を抑えられるよう訓練しているからでもありますし、そもそも精神の動揺を抑えるための補助道具を用いているからでもあります。
怪盗七つ道具の一番目、『心凍の指輪』。
文字通りに自身の心を凍てつかせて冷静さを保つための魔法道具。
装備者本来の性格がなんであれ、幾多の戦場を生き抜いた古参兵の如き冷静さをもたらし、許容範囲を超える驚きで動揺してもすぐさま精神状態をフラットに引き戻してくれる効果もあります。
同じく七つ道具の『影潜りの衣』や透明になるために用いている『姿隠しの帯』に比べれば地味ではありますが、重要度や有用さでは決してそれらに劣りません。『心凍の指輪』のおかげで他の道具を十全に使いこなせていると考えれば、最重要の道具であるとも言っても過言ではないでしょう。
効果を引き出すために道具の名を呼ばねばならない『影潜りの衣』などと違ってリスクの高い発動条件もありません。ただ身に着けてさえいれば自動的に微量の魔力を吸って心を冷やしてくれます。
「…………」
その指輪の効果で冷静に理解できるのです。
目の前のこいつらと関わり合いになるべきではない、と。
意味不明な会話に応じるなど論外。
下手に会話をすれば、それだけで正気がガリガリ削られそうです。
言っていることは狂人のそれですが、どうやらこの銀髪女と緑髪のチビッ子は如何なる手段によってか透明になったままの怪盗を完全に看破している様子。足音を立てないようにさり気なく立ち位置をズラしても正確に視線が追ってきます。
「そうそう、先程のお屋敷に置いていかれたコレをこっそり拝借してきたのですよ。このカードのデザインはご自分で考えたのですか?」
『へえ、結構凝った造りなのね。我もこういうの欲しいの』
怪盗の都合などお構いなしにコスモスが取り出したるは、先刻のウトキテ子爵夫人の部屋に残されていたメッセージカード。どうやら誰にも内緒で拝借していたようです。
「おや、おやおや? もうほとんど魔力が消えてなくなっていますが、よくよく見ればちょっぴり残り香のような感じが。もしかして、このカードにも何かしらの魔法が込められていたのでしょうか?」
『そうなの? 我にも見せて見せて』
「…………」
怪盗に答える気はありませんが、コスモスの推測はほぼ正解。
わざわざ現場に手掛かりを残すような一見すると非合理的な真似をしていたのは、単純にそれが盗みを成功させるために必要なことだったからです。
七つ道具の七番目、『心逸らしの札』。
ごく短時間の間、ごく近くにいる人間に異常を異常と認識させないという効果がある使い捨てのカードです。製作に要する手間と費用は少なくありませんが、その効力は絶大。
これまでの事件の際には、被害者達はとっくに盗まれて何もない空間に宝物があると幻視して、魔法の効果時間が切れると同時にその場から煙のように消えたと誤認していたわけです。視覚のみならず触覚や聴覚にも作用する幻覚を見破ることなど、よほどの魔法の達人でもなければ難しいでしょう。
効力の消失と同時に術式の痕跡もほぼ消えるため、後から現場に残ったカードを調べられても手口が割れる心配もない……はずだったのですが。
『ふむふむ、分かったの。えっとね、我の本体が言うにはかくかくしかじか』
「ほほう、流石はウルさま」
「…………!?」
信じ難いことに、目の前のおバカそうな幼女はカードを一目見るなり僅かな魔力の痕跡を分析して術式の効果を言い当ててしまいました。正確にはこの場にいるウルが見破ったのではなく、神様が造った迷宮が高度な演算能力と蓄積されたデータを元に解析した結果なのですが、そんなこと怪盗には分かりません。
「…………」
種が割れたとはいえ、術の効果が完全に破られたとは限らない。そんな一縷の望みをかけて、怪盗はこの場から逃げるために懐から取り出した『心逸らしの札』に魔力を通しました。
術が正しく発動すれば、ヘンテコな二人組は怪盗がまだ目の前にいるものと思い込んだまま何もない空間とお喋りを続けるはず、だったのですが。
「ほほう、ほうほう。失敬、ちょっとお借りしました。どうもありがとうございます。意外と簡単な術式でしたね。大体仕組みは分かったのでこれなら自作できそうです。ああそうだ、一応魔法の権利料とかお支払いしたほうがいいでしょうか?」
手の中にあったはずのカードがいつの間にかコスモスの手元に。
流石は怪盗志望と言ってしまって良いものか。どうやら怪盗が気付かぬ間に素早くすり盗ったようです。しかも数秒だけ眺めたら惜し気もなくあっさり返されました。
『あと、そのカードって多分我には効かないのよ? 勿体ないから、あんまり無駄遣いしないほうがいいと思うの』
更に、チビッ子からは優しく気遣われる始末。
もう怪盗のプライドはボロボロです。
「…………、…………ぅうっ」
それでも『心凍の指輪』の効果のおかげで頭の中は冷静に。激しい感情の波も自動的にフラットに……なってくれたら良かったのですけれど。
「うわーん! もうっ、何なんっすかアンタ達は! 人がせっかく頑張ってるのに……ホント、もうっ! 意味分かんないっす! うぅ……」
「おや? マジ泣きじゃないですか、コレ」
『えっ、あわわ……ご、ごめんなさいなの!?』
……どうやら、七つ道具にも限界があったようです。
◆現在のウルは迷宮外でも強力な力を発揮できますが、普通に日常生活を送ったり街の子供達と遊ぶ時には以前までと同じで見た目相応の出力に能力をセーブしています。つまり毎日遊び回る中で鍛えられた彼女のディフェンス技術は決してスペックに任せたゴリ押しというわけでもないのです。




