コスモスの相棒
アポ無しでアンナリーゼ達の屋敷を訪れたコスモス。
平時ならまだしも、折悪くつい先程怪盗に忍び込まれたばかりというタイミングです。
下手をすれば怪しまれて不審者扱いを受けてもおかしくない――コスモスが不審なのは割といつものことですし、本人もノリノリで肯定しかねないのですが――まあ、それはそれとして今回は客人として迎え入れられていました。
「魔界の王女殿下?」
「ええ、一応そういう設定になっておりますな。自分でも忘れがちですが」
「せ、設定?」
「ははは。まあ、お気になさらず」
訪ねてきた時の言葉から分かるように、この屋敷の客人である子爵夫人とコスモスは以前からの知己だったのです。それに詳しく説明すると長くなりすぎるので割愛しますが、コスモスは戸籍上では魔王の娘。つまりは魔界のプリンセスということになります。
子爵夫人からそう紹介された時点で不審者扱いする選択肢はなくなりました。
彼女達はコスモスという人物について理解が浅いので無理もありませんが、常識的に考えたら他国の王族を無下に扱っていいはずがありません。そういった貴人への対応というのは骨の髄まで叩き込まれているのです。
それに、もう一点。
『あれ? くるくる髪のお姉さんなの』
コスモスの服のポケットからひとりでにドングリが転げ落ちたかと思えば、なんと、見る見るうちに大きくなって人型に。ドングリから生まれたドングリ太郎……ではなく、第一迷宮の守護者であるウル。
ちなみに『くるくる髪のお姉さん』とはアンナリーゼを指しているようです。豪奢な縦ロール髪がウルの印象に残っていたのでしょう。
「あら、ウルさん? お姉様のお家にいらっしゃらないと思ったら」
「おや、アンナリーゼさまとウルさまはお知り合いだったので?」
『うん、お姉さんのお友達なのよ』
「ははあ、レンリさまの。世間というのは狭いものですな」
双方の知り合いであるウルが出てきたことで距離感は更に縮まりました。
気を利かせたメイドがお茶やお菓子まで用意したおかげもあり、ちょっと遅めのお茶会のような和やかな雰囲気。すぐ外の庭では不法侵入の件での現場検証がされているなどとは思えません。
「ところで、ウルさま。首尾はいかがでしょう?」
『えっとね、大きなお家の裏口あたりをウロウロしてるの。ここからすぐ近所なのよ。今は透明じゃなくて普通の格好なの』
「ほほう、あれだけ追い詰められたのにすぐおかわりとは勤勉で実に結構。近隣の衛兵の方々がこちらに集まっている分、他が手薄になるという読みもあるのやもしれませんな。おや、この焼き菓子美味しいですね」
『我が今すぐ捕まえちゃってもいいんだけど、それだと面白くないのよね? あ、ホントに美味しいの。余ってたら持って帰ってもいいのかしら?』
「ふふ、ウルさまはエンタメのお約束というのを分かっておられる。相手方にも適度に見せ場を用意しないと盛り上がりに欠けるというものです。おや、お土産に包んでくださると? ははは、催促したようで恐縮ですな」
けれど、そもそも何故ウルがコスモスのポケットに入っていたのか?
まあ、二人の会話を聞けばなんとなく想像はつきそうなものですが。
怪盗が追い詰められた時の状況もしっかり把握していますし、先程の騒動の間も隠れて近くで見ていたのでしょう。
「さて、そろそろ盗まれた物と怪盗の称号を頂戴しに参りましょうか。あ、お土産どうもありがとうございます」
『うん、張り切っていくの! 真の美少女怪盗の称号は我のモノよ。我のミステリアスな魅力が加速するの! あっ、でも捕まえる側だったらクールで知的な美少女名探偵っていうのもアリね。ううん、どっちも我に似合いそうだからどうするか迷うの!』
彼女もまた「怪盗」という愉快な称号に魅せられた一人。
どうやら、ウルはコスモスと同じような動機から協力しているようです。
ですが、言動の頭の悪さとは反対にウルの能力自体は非常に優秀。
現に彼女は今この場にいながらも怪盗の行方を正確に把握している様子です。
ウルの分身同士はリアルタイムで思考を共有できますし、鳥になって上空から監視するとか、小さな虫などになって相手の服に潜り込むとか、やりようはいくらでもあるでしょう。神の“なりかけ”になってからは分身の運動性能や知覚能力も大幅に増しています。はっきり言って反則もいいところです。
「では、皆様これにて失礼。子爵夫人さま、例の集まりは予定通りに開催しますのでご安心を。さあ、ウルさま合体です!」
『あっ、肩車ね。よいしょっ、と。さあ発進するの!』
「了解です。ウイーン、ズゴゴゴゴ!」
こうして、ウルを肩車したままコスモスは走り去っていきました。
珍妙なノリについていけず困惑した者達を残して。




