レンリの魔法講座:基礎修行編
学都内の各所にはいくつかの公園や運動場が存在します。
季節の木や花々が目を楽しませたり、暑い日には噴水を眺めながら木陰で涼んだり。子供達の遊び場や、周辺住民の散歩や休憩に用いられる、非常に平和で長閑な空間です。
……実際、ほとんどの場所はそうなのですが、
「なんだか、むさ苦しいところだね」
「まあ、半分ギルドの訓練場みたいな感じだしな」
冒険者ギルドから徒歩五分。
学都の中でも中心に近い一等地に存在する公園では、筋肉質の冒険者が自主訓練に汗を流す暑苦しい光景が、毎日のように繰り広げられていました。
ギルドが所有する訓練場は他の場所にしっかりあるのですが、スペースや用具数の関係上使用できる人数に限りがあるので、数にあぶれた者はこうして別の場所を使うしかないのです。
ある者は遊具として設置されている鉄棒で懸垂運動をしたり、また別の者は徒手や木剣を用いた模擬試合をしたり、あるいは誰が一番多く腕立て伏せができるか競争したり。とても暑苦しい、もとい健全かつ勤勉な光景が広がっています。
かと思えば、一般人らしき子供や老人も普通に共存していますし、冒険者の中には子供達のボール遊びに混ざっている付き合いのいい者もいるようです。見慣れていないと奇妙に映りますが、これがこの場所では日常の風景なのでしょう。
そんな公園に、レンリとルグの二人は揃ってやってきていました。本日は迷宮探索はお休みなのですが、ちょっとした用事があって事前に待ち合わせていたのです。
「それで、なんの用だいルー君? デートにしちゃムードのない場所だけど」
「ああ、ちょっと特訓に付き合って欲しいんだよ」
「特訓?」
「うん、あの身体強化とかいうやつ。ライムさんとかルカを見てたら便利そうだし、なんか格好いいし」
「ああ、なるほどね。うん、私は構わないよ。護衛が強くなってくれると私も助かるしね」
「ありがと、レン。本当は師匠に教われればいいんだけど、今どこにいるか分からないからさ」
と、そのような事情でした。
レンリとしても特に異存はありません。
それに、今日は叔父のマールスはアルマ女史や他の弟子達と朝から迷宮に行っているので、家にいても勝手に食事が出てくることもありませんし、手持ちの本なども全部読み終えてしまっていました。はっきり言って暇だったのです。
ちょうどいい暇潰し……否、時間を有効に使う方法が舞い込んできたのは、彼女としても渡りに舟という格好でした。
「ところで、君は自分の魔力を意識できるかい?」
「いや全然」
「最初は皆そんなものさ。どれ、手を出してごらん」
二人は向かい合って握手をする形になりました。
「今、君の手に魔力を流してるけど分かるかい?」
「なんというか……レン、結構汗っかきだな」
「……今日暑いから仕方ないじゃないか。それより手の感覚に集中しなさい」
一見すると魔法を行使しているようには見えませんが、レンリは自らの魔力を繋げた手を通じて流しているのです。先日、胃腸を強化した時と同じような具合でしょうか。
彼女の言葉で、ルグは自らの手の感覚に集中すると……、
「なんか……痛いとか動かしにくいとかじゃないんだけど、軽く痺れる感じ?」
「うん、その感覚を覚えておきたまえ」
まだはっきりとは分からないようですが、微かに流れてくる魔力を感じ取れたようです。
それで練習の第一段階は終了。
レンリは次の段階に進むように指示を出しました。
「さ、それじゃあ、今度は自分自身の魔力を感じられるように……なんかこう、気合を入れて頑張ってみたまえ」
「いや、無理だろ。もうちょっと具体的に言ってくれないと困る」
「むむ……考えてみれば私も人に魔法を教えたことなんてなかったからな。意外と大変かもしれない」
魔法の行使やその前段階である魔力の認識というのは、感覚的な部分が大きいので、どうも言葉で説明しづらいようです。
これが、教育者として年季の入った老師とかなら、初心者に上手く理解させる手法にも長けているのでしょうが、人に教えたことのないレンリにその手の教育上のテクニックは期待できそうにありません。
「そもそもさ、教わりたいって言っといてなんだけど、俺に魔力とかあるの?」
「うん? そりゃあるさ。そうだね、その質問は『自分には血が流れているか?』とか『体温があるか?』みたいなものだよ」
「つまりは誰にでもあるってことか」
およそあらゆる生物は、例外なく魔力というエネルギーを有しています。
それを認識したり魔法として活用できるかとか、あるいは魔力量や使用効率の優劣という話になると、努力や才能が絡んでくるのでまた話は変わってきますが、こうして生きている時点で魔力を持っていることに疑いはありません。
「そうだね……私達は普段『ここに空気があるな』とか、わざわざ意識しないだろう?」
「うん、確かに」
「でも、目に見えない存在が身の回りにあることを我々は知っている。あるのが当たり前すぎて気付かないものに目を向けるのさ。そのためには、とりあえず……」
◆◆◆
そして、三十分後。
「……レン、これでホントに分かるようになるの?」
「こらこら、また気が散っているよ」
公園内のベンチで瞑想をしていたのですが、ルグは早くも挫けそうになっていました。肉体的な鍛錬とは真逆の動きのない状況が落ち着かないようです。
「魔力を感じるにしろ増やすにしろ、まずは瞑想が基本だからね」
今すぐにどうにかなるような即効性はありませんが、瞑想や精神統一は修行の基礎にして要。そして、誰にでも出来てお金もかからないというメリットがあります。
単に、魔力を意識できないルグに対して、指導力がイマイチなレンリが教えられるのが瞑想くらいしかなかったという事情もありますが。
背筋を伸ばして全身の力みを抜き、両手は軽く曲げた状態で手の甲側を太ももの上に置く。目は閉じるか半眼にし、余分な思考を削ぎ落として呼吸のみに意識を集中する。
単純ではありますが、思考の明瞭化や感覚が鋭敏になったりと、その効果は意外と侮れません。しかも、お値段無料です。
魔法を使用する為には、例え敵が間近に迫っている戦闘中だろうとも平静を維持する必要があります。なので、魔法使いは瞑想によって、魔力感覚のみならず術の行使に必要な精神のコントロールをも学ぶのです。それに、無料で出来ますし。
「なるほど」
「じゃあ、今度は一時間いってみようか」
「分かった」
根が素直なルグは、瞑想の各種効果を教えられると俄然やる気が湧いてきたようです。再び目を閉じて瞑想の続きに入りました。
「しまった、また暇になってしまった……仕方ない、私も付き合うか」
最近実家を離れて基礎的な修行をサボリがちだったレンリも、彼の隣で瞑想を始めました。
肉体と精神を弛緩させ、外界から受ける感覚をあるがままに受け止め……強い日差しは木陰に遮られ、柔らかな風も肌に心地良く……迷宮探索で残った疲労も不思議と心地良く感じられ……、
「やあ、おはよう」
「二人とも途中で寝ちゃったのか」
それはそれは、気持ちの良い昼寝日和だったそうな。
ドラ○ンボールなんかでも修行の一環として瞑想をしているシーンがありましたね。
マインドフルネスとの違いはぶっちゃけよく分かりませんが、あんな感じの事をグーグルだのアメリカ海軍だのでも取り入れているとかいないとか。
なんでも創造性が上がるらしいので創作をする人は試してみるのもいいかもしれません(ただし、本やサイトを参考にするなら、宗教とかオカルト色のないものにしましょう。念の為)。