透明人間を捕まえろ!
「ヒッヒッヒ、頑張って避けるじゃあないか」
果たして、これを「勝負」と呼んでいいものか。
正体不明にして神出鬼没の怪盗は、現在、老傭兵マギーによって絶体絶命の窮地に追い込まれていました。
透明になれる能力というのは確かに盗みには有用なのでしょう。人に追いかけられた逃走時にも、姿を見えなくできるのであれば簡単に撒くことができるはずです、が。
「こらこら、気配の消し方がなっちゃいないねぇ。いくら姿が見えなくたって、そんなんじゃあ宝の持ち腐れってもんだよ」
「…………ッ!?」
時間が経つ間に庭内の土埃は収まってきて、また完全に日が落ちたことで視界が利かなくなってきています。姿を消せる怪盗側に有利な状況になっているにも関わらず、マギーの動きに迷いはありません。
そもそも彼女が屋敷の庭で怪盗を追いまわしていた理由は、見回り警備中に何もないはずの空間に妙な違和感を覚えて、試しにそこを武器で薙ぎ払ってみたというもの。咄嗟に怪盗が跳んで避けなければ胴体の半ばから真っ二つになって転がっていたことでしょう。
怪盗も足音や呼吸音は注意深く消していましたし、その時点では完全な不可視の状態。それにも関わらず存在を気取られたのは僅かな気配や匂いや体温や空気の流れ、その他諸々あるかもしれませんが、まあ実際のところはほとんど野生的な勘と運によるものでしょう。
なんとも理不尽な話ですが、視覚だけに頼らず戦うレベルの達人相手だと姿を透明にする能力は大した意味を持ちません。
また先程マギーがやっていたように土埃を巻き上げたり、それ以外だと雨や霧の中ではシルエットが浮かび上がって位置がバレる危険性も。近くにいることさえ分かっているなら、適当に武器を振り回してマグレ当たりを狙う戦法もあります。
「ほらほら、逃げるなら向きが逆だよ」
「……ッ、……は!」
けれど、今マギーがやっているのはマグレ当たり狙いではなく、その逆。
相手がギリギリ避けられそうな攻撃を放ち、かといって体勢を立て直す隙も与えず、からかって遊んでいるような状況です。
回避の方向を限定することで門から遠ざけ逃げたくても逃げられないようにしていますし、ただでさえアクロバティックな動きの連続で体力を削られています。もうスタミナに余裕がないせいか、透明な空間から抑えきれずに呼吸音が漏れ聞こえてきていました。
相手をジワジワいたぶるような戦法はあまり趣味が良いとは言えませんが、そもそも相手は貴族令嬢の住む屋敷に侵入した賊。警備を任されたマギーには令嬢達の安全を守る義務と責任があります。
実際、つい先程帰宅したアンナリーゼが注意するまで、マギーは本当に首を切り落とすつもりでハルバードを振っていました。ネズミをいたぶる猫のような攻め方も、自他の立場と状況を考えればむしろ優しすぎるくらいです。
「先生、騎士団の方を呼びに行かせました! もう間もなく到着するはずです!」
「あいよ。じゃあ、そろそろ終わりにしようか透明人間。大丈夫、抵抗しなけりゃ命だけは勘弁してやるよ」
今頃、アンナリーゼを馬車で送迎していた侍従が近所の詰め所に通報しているはずです。もう数分もすれば騎士や兵士がわんさかやってくるでしょう。
もっとも、騎士団の出番はほとんどなさそうです。
怪盗はギリギリの回避を連続で強いられたせいでスタミナをほとんど使い切ってしまった様子。息も絶え絶えのグロッキー寸前。あとは死なない程度に殴り倒すなり組み付いて動きを封じるなり如何様にでも。こうなってしまえば透明であることのアドバンテージなどないも同然……だったのですが。
◆◆◆
五分後。
「な、無いっ! まさか、盗まれた!?」
庭内ではなく、邸内の客間付近から女性の悲鳴が響き渡りました。




