勇者と聖剣、事件の捜査を開始す
独自に怪盗事件を追うことを決めたユーシャとゴゴ。
怪盗というワルモノに立ち向かうのはなんだか勇者っぽい気がする……というフワフワとした動機ですが、どうせ他にやることもないのです。
ゴゴは聖剣として以外に迷宮の管理がありますが、それは本体や他の化身が担当すれば事足ります。ユーシャは人手不足の穴埋めとしていくつかの仕事をしていますが、基本的にそれらは臨時のアルバイトであって定職というわけでもありません。自由な時間はたっぷりとあり余っています。
やる気十分。
時間も十分。
さて、そこまでは良いとして。
「それじゃあ、どうやって調べよう?」
『どうしましょうか?』
第一歩目から捜査は難航しています。
それもそのはず。
現時点では彼女らは事件にまるで関係ない完全なる部外者。
好奇心旺盛な野次馬の域を出ません。聞き込みをするにも誰に何を聞けばいいかも定かではありませんし、盗難の現場がどこかも知らないので現場を洗うこともできません。
「そうだ、ゴゴ。ちょっと剣になってくれ」
『はい? ええまあ、いいですよ』
しかし、そこは流石の勇者。
何か調査のアイデアを思いついたようです。
人目があるところで変形すると悪目立ちしそうだということで路地裏に引っ込むと、ゴゴは普段の幼女姿から黄金色に輝く長剣へと全身を変化させました。僅か一秒にも満たない早業です。
『変身しましたけど、それでこれから何を?』
持ち主の言う通りに本来の剣としての姿を取ったものの、ゴゴにはまだユーシャの考えが読めません。悪党を追い詰めて、いざ荒事に臨むという場面でもなければ武器の出番などない……とは限りません。
「ああ、わたしに任せてくれ」
ユーシャが剣形態のゴゴを握ると、その時点で普段の彼女との違いが顕れます。見た目は同じですが、聖剣には勇者の能力を段違いに大きくする増幅器としての性能があるのです。
また同時に、本来の担い手である勇者が持つことにより聖剣もその性能を格段にアップさせます。具体的には、ウルやヒナと違い未だ覚醒していないゴゴですが、ユーシャに接触した時だけは迷宮外であっても十全に能力を発揮することができます。
生まれながらに勇者の素養を持つユーシャが自身の聖剣であるゴゴを握る。ただそれだけで、その運動能力、体内魔力、感覚器官の鋭さなど、およそあらゆる能力が一気に何十倍にも増大しました。ゴゴの側も、武器としての強度、変形の精度や速度が単独時より大幅に上昇しています。
しかもその上がり幅はあくまで戦闘態勢にない平常時のもの。いざ戦闘となれば、増幅率は何百倍か更にそれ以上にもなるでしょう。
『貴女の嗅覚を増幅して、犬みたいに関係者の足取りを追うとかですか?』
「いや。それが出来るならそれでもいいんだけど、どの匂いを追えばいいのか分からないからな」
『例のメッセージカードを確認できればいいんですけどね』
今のユーシャが本気で嗅覚を強化すれば、それこそ訓練された警察犬以上の精度で匂いを嗅ぎ分けて追うことも不可能ではありません。
しかし、それには本人が言うように手掛かりとなるモノが必要。
今回の場合なら現場に残されていたというメッセージカードや、街の店屋に聞き込みに来たという連中に会って匂いを確認しなければ元を辿ることはできないのです。
ならばどうするか。
視覚や聴覚を強化しても手掛かりがないなら、そもそも何を追うべきかが不明。如何に超人的な感覚でも、ノーヒントの状態で何万人いるかも分からない街中から目当ての関係者だけをピックアップするのは難しいでしょう。
『たとえば、これから関係者が聞き込みに現れそうな店に張り込むとかですか?』
一応言ってはみたものの(ちなみに剣形態のゴゴでも微小な動きで周囲の空気を震わせることで発声が可能です)、ゴゴもこれは恐らく違うだろうと考えていました。
既に聞き込みを受けた店屋などを除外することで多少の絞り込みは可能かもしれませんが、それでも候補となる張り込み先は膨大な数になります。これではほとんど当てずっぽうと変わりません。
それに何より、そういった地道な張り込みではゴゴが剣に変身した意味がありません。わざわざ剣の姿になるようユーシャが指示したのには、それなりの理由があるはず。ゴゴはそういう風に考えていたのですが……。
「よし、ゴゴ。そのままジッとしててくれ!」
『はい? ……はい?』
ユーシャは、握っていた剣を何気なくポイっと放り捨てました。
当然、剣は自然の摂理に従って落下します。そして数秒後、金属がカキンカキンと石畳を叩く硬質な音を立ててから動きを止めました。
「ふむふむ、切っ先は南のほうを向いているな。よし、ゴゴ。とりあえず、あっちのほうを探してみよう!」
『えっ、我が変身した理由これだけですか!?』
勇者の能力も推理も何も関係ない運任せ。
彼女達の捜査は、ひとまずそんなところから始まりました。




