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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
八章『新生勇者伝説』

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怪盗事件


 某日、学都内某所。

 深夜。


 広々とした部屋の中には落ち着いた色合いの絨毯が敷き詰められ、一目で高級と分かる家具や絵画、等身大サイズの彫像などが所狭しと並んでいます。元々は上流階級向けの生活空間だったろうに、これほどギチギチに物品が詰め込まれているせいで雑然とした倉庫のような印象になっていました。


 そして、そんな奇妙な部屋の中では――。



「ないっ!? ついさっきまで確かにあったんだ!」


「誰か! 誰か来てくれ!」



 身なりの良い紳士風の男達が酷く慌てた様子を見せていました。

 彼らの眼前には、これまた高級そうなティーテーブル。

 丸く分厚い木板に脚が付いたシンプルなデザイン。細やかで流麗な細工がされており、それ自体が立派な芸術品。一流の職人の仕事であることが分かります。


 しかし彼らが注目しているのはテーブル自体ではなく、その上にあるはずの、そこになければならないはずの物。そんな彼らにとっての『宝物』が、ほんの一瞬目を離した隙に煙か幻のように消えてしまったのです。



「警備は何をしていた!」


「急いで入口を封鎖しろ!」


 

 室内には彼ら以外に誰もいませんでした。

 扉や窓から出入りした形跡もなし。

 ここ数時間ほど、この部屋は間違いなく閉じられていました。


 ならば、彼らの中の誰かが盗難を偽装して『宝物』を独占しようとした――という線もありません。モノ自体はそれが入っていた小箱を含めても衣服のポケットに収まる程度のサイズですが、騒ぎが起きる直前にテーブルの間近にまで近付いた者はいませんでした。そんな不自然な動きをする者がいたら言うまでもなく最有力の容疑者となってしまいます。


 念の為、互いの潔白を証明するために室内にいた全員がそれぞれの身体検査をしましたが、各々の所持品以外に不審な物は出てきませんでした。



「くそっ、なんということだ……!」


「そうだ、騎士団にも通報を……」


「いや待て、通報は不味い! ここは本国ではないのだ」



 摩訶不思議な盗難騒ぎで大事な品を失ったにも関わらず、彼らは公的機関への通報を選択することはありません。

 表向き、彼らは他の多くの観光客と同様に迷宮の女神像を目当てに訪れたことになっていますが、その真の目的は他にありました。下手に通報などしたら無関係の第三者に秘密が漏れてしまうかもしれません。


 犯人や『宝物』を探すのは、あくまで彼ら自身や信頼できる配下のみで行う必要があります。土地勘もなく、本国での権勢も通用しない異国では雲を掴むような話ではありますが。



「何か少しでも手掛かりは……む、これは?」



 せめて何か手掛かりはないかと室内を調べていた男達の一人が、ティーテーブルの天板の裏側に一枚のカードが貼り付けられているのを見つけました。








 ◆◆◆







「そういえば、レンリお姉様。例の噂はご存知ですか?」


「例の……って、どんな噂だい?」



 居候先の自室で寛いでいたレンリは、同郷の友人である令嬢アンナリーゼからそんな話題を投げかけられました。


 ちなみに、今日のアンナリーゼは珍しくお嬢様軍団の他メンバーがいないソロ活動。

 それにはちょっとした理由があります。


 昨今の女神像騒ぎは彼女達の故郷であるA国王都にも届いていました。

 現在はどこの宿屋もパンク寸前で予約もままならない状態なのですが、都合の良いことに彼女達は新市街地区に客間付きの屋敷を確保していました。そのおかげで、あるいはそのせいで、彼女達の屋敷は学都への滞在を希望する友人知人の宿代わりとなっているのです。

 彼女達の交友関係の多くは貴族社会でも上から数えたほうが早いような身分。

 家同士の関係もあっては断るに断れません。

 いくら広い屋敷とはいえ客間の数には限りがありますし、誰がいつからいつまで滞在するかといったスケジュール調整や、それを知らせるための手紙のやり取り。帰った客から届いたお礼状に対する返信。彼女達だってまだ学都に来てから日が浅いというのに、時には店屋や迷宮への案内も。それこそ本当に宿屋でも始めたかのような忙しさです。


 当然ながらアンナリーゼも同じように自分の客への対応で日々忙しくしていたのですが、たまたま今日だけは手が空いて、心身のリフレッシュを図ろうとレンリの下を訪ねてきたという次第。

 お疲れ気味の令嬢はレンリの部屋に着くなりむせ返るほど深呼吸をしたり、レンリの目を盗んでは素早く身を伏せて床に落ちている体毛の採取に励んでいましたが、どうやらそれらの活動も一段落した様子です。


 さて、話題を戻しましょう。



「怪盗?」


「ええ、我が家のメイド達が話しているのを小耳に挟みまして。最近、街で噂になっているそうですわ。神出鬼没にして正体不明。閉ざされた部屋にも自在に出入りし、まだ誰一人として姿を見た者すらいないとか」



 ここ最近の学都には各国の要人貴人が多く滞在しています。

 その中の何人もが何か大事な物を盗まれた、らしい。

 店屋の従業員や馬車の御者など、その被害者の手の者から聞き込みを受けた人間も少なからずいる、らしい。



「なんだか、フワッとした話だね。何が盗まれたかは分からないのかい?」


「ええ、それについてはさっぱり」



 何を盗まれたかも不明。

 誰が被害者かも不明。

 犯人の正体はもちろん不明。

 何々“らしい”ばかりではレンリも反応に困ります。



「まあでも、この街の騎士団は優秀だから。シモンさんに任せておけばすぐ解決するんじゃないかな」


「いえ、それがどうも被害届は出ていないそうでして。もちろん噂くらいは把握しているでしょうけど、事件になっていないなら騎士団の方々は動けませんから」


「それはまた掴みどころのない変な話だね。ああ、なるほど。だから、ただの『泥棒』じゃなくて『怪盗』なのか」



 これが単純な盗難事件であれば、恐らくは街で噂になるほど大勢の興味を惹くことはなかったでしょう。けれど、断片的にしか出てこない情報や被害者の側が名乗り出ないという状況。全体的に、なんだか法螺話めいた嘘っぽさが感じられます。事件を興味本位の娯楽として消費する分には、このくらい嘘っぽいほうが後ろめたさがなくて良いのかもしれませんが。



「そうそう、お姉様。この犯人が『怪盗』と呼ばれているのには、事件の不明瞭さ以外にも理由がありまして。理由というか、まあ、単に本人が怪盗を自称しているだけなのですが」


「自称って、誰も見たことがないのにかい?」


「ええ、被害者の部下を自称する方があちこちで聞き込みをする時に言っていたそうなのですけれど、どうやら犯人は毎回現場にメッセージ入りのカードを残していくそうですわ。それで、そこに書かれている名前というのが――――」



 レンリはその名前になんだか聞き覚えがあるような気がしました。








◆◆◆◆◆◆



《おまけ》


挿絵(By みてみん)




500話目です。いえーい

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― 新着の感想 ―
[一言] いぇーい。
[良い点] 500話おめでとうございます! 怪盗編迷探偵レンリかコスモスが出てきそうですね イラスト可愛いです。黒レンリですね。 [気になる点] シモンでも出てきたら 「あばよ~とっつあん」 と…
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