学都の縄張り事情
無事に……かどうかについてはさておき、一回目の護衛依頼をこなした日の夜。アルバトロス一家の面々は、ルカがお土産に貰ってきた熊肉に舌鼓を打っていました。
何しろ壷に一杯あるので遠慮は無用。
しかもタダとあって、ルカ以外の三人は大いにガッついていました。
「そ、それでね……そのエルフの人が、すごく……えっとね、なんだか、すごかったの」
「へえ、なんだかよく分からないけど、すごかったのか。そりゃ良かった」
すでにお腹一杯食べてきたルカはお茶を飲んでいるだけですが、普段より心なし饒舌になっています。
レンリやルグとは、身内以外の人物にしては珍しく多少打ち解けてはきましたが、隠し事の内容が内容なので緊張感は持ち続けないといけません。狭苦しい共同住宅の部屋ではありますが、開放感で気が楽になっているのでしょう。
「よく分からないけど、食べ物をくれるってことはいい人ね」
「うん、うまいうまい」
リンやレイルも非常にご機嫌です。
最近は少しばかり家計に余裕ができつつありますが、まだまだ節約生活は継続中。
日中に街の東端の水晶河沿いまで行って魚を釣ったり、北の森までロノの様子を見にいくついでにドングリを拾ってきたり、市場の店でクズ野菜を貰ってきたりと幅広くやってはいるのですが、まだまだ充分とは言えません。
「そういえば兄さん、なんだか一人で色々調べてるみたいだけど、縄張りに出来そうな場所は見つかった?」
「いやいや、それがなかなか難しくてねぇ」
口一杯の肉を飲み込んでから、ラックは肩を竦めました。
まだ日が浅いので仕方ないとも言えますが、彼らの目的である一家再建の見通しは現状まるで立っていません。
「学都にも賭場だの娼館だの酒場だのはあるから、交渉してみかじめを取れそうな店がないか探してはみたんだけどねぇ」
客層を観察したり聞き込みをした結果(遊ぶお金はないので客として潜入する作戦は見送っていました)、その計画についてはラックは早々に諦めていました。
「この街を造る段階で相当気を付けてたんだろうね。学都のその手のお店って、全部お上の許可制で、下手に話を持っていっても良くて門前払いか、下手すりゃ一発で通報されちゃうだろうねぇ」
まだ都市として日が浅い学都は、その初期段階からかなり計画的に街作りが進められていたのでしょう。特に歓楽街の各種店舗に関しては厳密なルール(各種料金体系や従業員の健康管理義務等)を設け、不定期の立ち入り調査を実施。その指針に違反した店は即座に営業停止処分を受けることになっています。
一昔前に大陸中の闇組織は一旦根絶されたとはいえ、広い世の中には刑期を終えた裏社会の人間が新たに組織を立ち上げたり再建したりという動きも皆無ではありません(大抵は形になる前に再逮捕されますが)。
そして、その手の組織がまだどこの縄張りでもない、それでいて大層景気のいい歓楽街に目を付けないはずがありません。
この国の上層部は、迷宮の出現により世界中から注目されるであろう学都の治安(と税収)を守るべく、裏の世界が手を付ける前に先手を打っておいたのでしょう。
偏執的なまでに隙のない管理体制。
言ってみれば、この街の歓楽街は国家そのものの縄張りなのです。
「で、その上、あの辺のお客の半分は兵隊か冒険者だってさ。用心棒なんかいなくても、すこぶる治安がいいわけよ……って、仲良くなった淫魔族のおねーさんが言ってたよ? 一族で魔界から引っ越してきたんだってさ」
「……兄さん、まさか」
「お、お兄ちゃん……不潔……」
情報源を明かしたラックは、妹達に冷たい視線を向けられました。
「いやいや、健全にお茶しただけだよ!? くっ、妹達の冷たい視線がハートに刺さる! でも、それはそれでちょっと快感かもしれないぞぅ!」
「へ、変態だわ……」
「お兄ちゃん……気持ち悪い……」
「ん? 兄ちゃん、食わないなら兄ちゃんの肉もらうよ」
まだ幼いレイルは会話の意味がよく分かっていないようですが、リンとルカの視線は冷める一方です。口を開くたびに勝手に自らの株を下げるラックの自業自得ではありますが。
「ふ……ふふっ」
「ルカ姉、どうかした?」
「ううん……なんでもない、よ」
まあ、彼らにとっては、こんなやり取りはいつものことです。
まだまだ一家再興の目標には程遠いですが、ルカは慣れ親しんだ賑やかな空気に触れて、英気を養うのでした。
まだしばらくかかりそうですが、二章は彼らがメインになる予定です。乞うご期待!
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