神官少女の匂い
レンリ達の隣席にいた少女に老ドワーフは巨大な拳骨を落としました。
先程、ラック達に彼が告げた人探しという目的は早くも完了したようです。
神官少女は床を転げ回って悶絶していますが、まあ見た限りでは怪我や出血はありません。特に治療の必要などはないでしょう。
「やぁ、ルカ。奇遇だねぇ。レンちゃんと未来の義弟君も一緒だったかい」
「お、お兄ちゃん……そういう、呼び方は……」
「えっと、ルカ。俺は別に嫌じゃないから」
「そ、そう……? なら、いいけど……」
そして当然の流れとしてラック達とレンリ達も合流しました。軽いジョーク混じりの挨拶を交わすと、これもまた当然の流れで話題は目の前の二人組へと移ります。
殴られる寸前の少女の独り言からするに、どうやら彼女は主教氏の弟子。
しかし、その関係はどうも一筋縄ではいかない様子です。街に入る直前に師の財布を盗み出し、そのお金を使って豪遊していたというのですから只者ではありません。
「で、主教さん。その子はどうしたんだい? 格好からすると神官見習いか何か? それにしてはなんというか……面白い子だねぇ」
この中では一番付き合いの長いラックが代表して尋ねました。
以前からの知己であるアルバトロス一家の面々も、神官少女の顔に見覚えはありません。彼らが主教氏と前に会ったのは、かれこれ一年半ほど前の父親の葬儀の際。それ以前にも「取引」のために年に数回ほど顔を合わせていましたが、そんな少女が一緒にいたら忘れるはずがありません。
「拾った」
老僧の答えは非常に簡潔なものでした。
あまりに簡潔すぎて意味が分かりません。
今の一言以上の補足をする気もなさそうです。
「人を落とし物みたいに言うんじゃねえっすよ、バカ師匠」
結局、説明をすることになったのは拾われたという少女本人。
さっきまで痛みのあまり床を転がっていましたが、早くも普通に喋れるくらいまで回復していました。なかなかの回復力です。
「ところで、アンタ達は師匠の知り合いっすか? 『副業』のことも知ってる? ふむふむ、それなら話が早い……けど、人前でするような話でもないっすね」
まあ、それはそれとして人前でするような話でもありません。
ただでさえ注目を集めすぎている現状。
不用心に犯罪絡みの内容を喋って衛兵を呼ばれでもしたら敵いません。
「うーん、じゃあウチ来るかい?」
ラックの提案で、一同は彼らの屋敷へと移動しました。
◆◆◆
「うわっ! すっごい豪邸じゃないっすか」
アルバトロス一家の住む屋敷に到着すると神官少女は感嘆の声を上げました。
住んでいる本人達も周囲もついつい忘れがちなのですが、この屋敷は学都でも伯爵の領主館に次ぐほどの大豪邸なのです。
「もしかして、アンタ達お金持ちっすか?」
「いやぁ、違う違う。僕らはあくまで居候で、この屋敷のオーナーの厚意で住まわせてもらってるというか」
「なーんだ、残念。リッチなイケメンの友達とか紹介してもらいたかったんすけどねぇ。金銭感覚が大らかで放任主義だとなお良しって感じで。なんなら妥協して、無駄に財産を貯め込んでそうな余命間もない老人とかでもいいっすけど」
ラック達が期待したような金持ちではないと知って露骨にがっかりしています。
神官少女はなかなか良い性格をしているようです。いえ、本当に腹黒かったら財産目当てであることは隠すでしょうし、一周回って裏表のない正直者と言えるかもしれませんが。
「あ、それならこの屋敷のオーナーっていうのが丁度そんな感じだけど紹介する? 顔と頭と性格が全部良いお金持ちって条件は揃ってるよ。年も二十、いや十九だっけ? そのくらいだからキミと釣り合いが取れないこともないだろうしねぇ」
「何すか、そのパーフェクト物件は! 是非お願いするっす!」
「ちなみに仕事は騎士団の偉い人ね。その気になれば一生遊んで暮らせるだろうに真面目だよねぇ」
「……あ~、堅苦しい人って苦手なんすよねぇ。というわけで、今回は残念ながらご縁がなかったということで」
「そうかい、そうかい。うんまあ、こういうのはフィーリングが大事だからねぇ」
シモン本人が知らないところで見知らぬ少女にフラれていました。
まあ、紹介を申し出たラックも本気で勧める気があったわけではありません。今のやり取りの真意は、騎士団との関係を匂わせた際の微妙な反応を探るため。自らの勘の裏付けを得ることが目的でした。
表面的な言動や外見などまるでアテになりません。
オヤツ代をくすねる程度は軽いお遊びでしかなかったのでしょう。
恐らくは、単なる主教氏のオマケというわけでもないはず。
現在は足を洗ったので正確には違いますが、ラックはこの神官少女から同業の気配を敏感に感じ取っていました。つまりは、何かしらの違法行為を生業とするプロの犯罪者の匂いを。




