ドワーフの老僧
ラック達と対面したドワーフの老僧は、
「息災か?」
……と、短い問いを口にしました。
その見た目に相応しい、地の底から響いてきたような重々しい声音です。
「まあ、ぼちぼちかなぁ。最後に会ったのは父さんの葬式の時だっけ? こっちに来るまでも来てからも色々あったけど、今はみんな楽しくやってるよ」
「善哉」
ラックの返答を受けた老人は眉一つ動かさずに言いました。
言葉の意味をそのままに受け取るのなら、旧知の一家が平穏に暮らしていることを喜んでいる、はず。もっとも、その巌のような表情から内面を窺い知ることはできませんが。
「……」
「……」
「…………」
「…………って、それだけ?」
「相変わらず無口ねぇ」
老僧としては先の一言だけで会話に区切りがついた感覚だったようです。
ラック達の別の知り合いにはライムという無口少女がいますが、極端に口数の少ない彼女を更に下回る、ある意味圧倒的なコミュニケーション能力。ルカのように喋ること自体が苦手というわけでもなく、単に必要最低限以上の言葉を交わす意思が存在しないかのようです。
「で、主教さんこそ何でこの街に? なんだかキョロキョロしてたけど何か探し物?」
「我が神の御声を拝聴しに参った」
「ああ、最近多いわねぇ。そういうブームに乗っかるのはちょっと意外だけど」
まあ、それは逆に必要があれば口を開くというわけで。こうして会話相手が質問を投げかければ、それに対する返事をする気はあるようです。
そうして聞き出した目的は、迷宮に出現した女神像への参拝。
地域性や聖典の解釈などが原因で様々な宗派に分かれている神殿も、崇める神は共通した一柱。主流からかけ離れたマイナー宗派に属する主教氏もそれは変わりません。属するというか、まあ、首座主教という肩書きの通り一派のトップなのですが。
そして。
「否。探し物ではない」
「ん? 何がない……って、ああ、もう一つの質問の答えか」
会話のペースが独特なせいでラックやリンも調子を崩されていましたが、それでも一応言葉の意味は通ります。先程の「キョロキョロと周囲を見渡して探し物でもしているのか?」という質問に対しての答え。探しているのは物ではなく者。つまりは――。
「拙僧は、人を探しておる」
◆◆◆
さて、ラック達がドワーフの老僧と話している、ほんの数メートル先。
「ねえねえ、ルカ君。キミのお兄さん達と話してる、ええと、あの……なんだかとっても大きいドワーフの人、知ってるのかい?」
大通りに面した喫茶店の店内で、レンリはルカに尋ねました。なんだか期せずして盗み見るような形になってしまいましたが、まあ今回は不可抗力というものでしょう。
それに、一般的には小柄とされるドワーフの印象からかけ離れた巨体が注目を集めるのは当然といえば当然。レンリ達のみならず喫茶店の店員や他の客の大半も件の老ドワーフに視線を向けています。レンリ達のすぐ隣の、たまたま通りに背を向ける形で座っていた一人客は食事に夢中で気付いていなかったりもしますが、まあ今は置いておきましょう。
ルカが語る老僧の素性はというと、
「う、うん……えっと、ね……ロノを、連れてきて……まだ、卵だったから……持ってきて、かな? ……くれた人、なの」
遡ること数年前。
当時、まだ卵だったロノをアルバトロス一家に持ち込んだ人物、ということでした。鷲獅子は鳥類と哺乳類の特徴を併せ持つ魔獣ですが、その生殖方法は胎生ではなく鳥類寄りの卵生。かと思えば、孵化した後で母親のミルクで育ったりという、カモノハシに似た奇妙な生態をしています。ワケの分からない性質の多い魔物の中では、これでもまだ理解しやすいほうなのですが。
まあ細かな生態についてはさておき、人里離れた山奥にあるとされる鷲獅子の巣穴に忍び込んで、親の警戒を掻い潜って卵を確保するなど並の所業ではありません。
「それで、その卵を……お父さんが、買い取って……でも、よそに売る前に……卵が、孵って……わたしたちに……懐いて」
鳥類には卵から孵って最初に見た生き物を親だと思い込む「刷り込み」という習性があるとされています。どうやら、半分だけ鳥の鷲獅子にもそういった習性があったのでしょう。
卵のままであったなら、珍しいペットの愛好家だとか、強力な魔獣の体組織を魔法の触媒として使う魔法使いなど、当時のアルバトロス一家には金銭に換える伝手もいくつかあったのですが、孵化した後ではそうもいきません。なにしろ翼で飛べるわけですから、手放しても顧客の下から脱走して帰ってきたり、街中で暴れて手の付けられないことになる可能性もあります。
単純に情が湧いてしまったという事情もあって、当初は商品として仕入れたはずの魔獣の卵は、一家のペットとして生きることになったのです。
「なるほどね。変わったペットだとは思ってたけど、そういう事情でルカ君の家に来たのか。じゃあ、あのドワーフのお爺さんは、つまり、そういう仕事もしてるってことなんだ」
「そういう仕事って……ああ」
「うん……一応……秘密、に」
現在、ロノがこの街で堂々と暮らせるのは、シモンが手を尽くして特別な許可を取ってくれたからこそ。逆に言えば、それほどの権力による後押しがなければ街中での飼育など許されるはずもありません。もちろん、卵の取引や所持だって立派な違法行為です。
当初は商品として売り捌くつもりだった一家は当然として、そこに持ち込んで金銭と引き換えに売った老僧も法律上は犯罪者ということになります。
「そういえば、うちの家族ってどう見ても違法っぽい出所不明の触媒とか結構持ってるんだけど、もしかしたらルカ君の家とも取引があったのかも。ふふ、意外なところに縁がありそうだ。世の中って案外狭いよねぇ」
「いやいや、良い話風に言うなよ。レンが言うとマジっぽくて笑えないから」
もちろん違法と分かっている物品を購入するのも犯罪なのですが、レンリの身内であれば万が一に備えて捜査機関が取引ルートを辿れないような情報工作くらいはしているはずです。下手に社会的地位がある分、むしろ在りし日のアルバトロス一家より真っ黒かもしれません。
「でも……主教さん……良い人、だよ……お父さんが、言ってた、けど」
もっともルカ曰く、彼の主教氏はそうした違法行為で得た金銭のほとんどを各地の救貧院や慈善事業へ寄付しているらしいとのこと。自身は清貧を心掛けており、贅沢などもっての外。
僧侶の格好も怪しまれないためのカモフラージュなどではなく、むしろ宗派の教義を重んじればこそ。人を救うためには犯罪をも厭わないという苛烈すぎる教義は、ほとんど信徒がいないマイナー宗派の域を出ないのも当然だろうというヘンテコなものではありますが。
「それは本当に『良い人』でいいのか?」
「うん……た、多分?」
ルグに問われて改めて考えてみると、ルカも答えに迷ってしまいます。
果たして、彼の人物は善人なのか悪人なのか。
もしくは、善人であり、なおかつ悪人でもあるのか。
正義か悪か。
少なくとも、相当の変人であることに間違いはなさそうですが。
さて、そんな話題の主教氏はというと。
「ははは、今日は正義がどうとかって話題に縁があるね……って、あれ?」
「なんか、こっち見てないか?」
ギョロリと鋭い視線をレンリ達のほうに向けたかと思うと、なんと、ズシンズシンと店内の床を軋ませながら一気に近付いてきたではありませんか。
腰痛が治ったような気がしたけど気のせいだったの巻




