必要なもの、不要なもの
「――ってことがあってな」
ルグは先日ユーシャと会った際の出来事について話しました。
今の平和な世に勇者など要らないのでは?
よりにもよって生まれながらの勇者として造られた彼女自身がそう言ったことは、ルグの心に強く引っ掛かっていました。他の誰かが言ったのならともかく、勇者の資質を持つ彼女が言うのです。安易に否定するのはかえって不誠実というものでしょう。
「それは……どうすれば……いいの、かな? 心配、だね……」
「ずいぶんと変わった悩みもあったものだね。いや、ユーシャ本人はそんなに悩んでるわけではないんだっけ?」
もっとも、少なくとも表面的な態度からは、ユーシャ自身がそれで悩んだりしている様子は見られませんでした。あくまで純粋な疑問として、そう思ったというだけの話です。
案外、本人はそんな話題などとっくに忘れているのかも。
だから、ルグがこの場で二人に相談したことにも、本当は意味などないのかもしれません。
ただの無意味な空回りかもしれない。
そう理解した上でレンリは、
「でもまあ、その考えには一理あるかもね。勇者が要らないっていうのは、つまり世の中が平和だってことなんだしさ」
ユーシャの発言に、むしろ同調するような意見を述べました。
「私も聖剣みたいな物を造ろうとしてるわけだけど……まあ仮に技術的な問題点を全部クリアしてその目標を実現できたとしよう。でも正直なところ、具体的な使い道っていうのはないんだよね」
本物の聖剣と同性能の武器を人の手で造れたとして、しかし、それほど巨大な力の使い道などそうそうあるはずもありません。
いえ、厳密には自在に変形させられる聖剣を食器だの日用品だのという用途で使うことはできますし、現にレンリ達の知るユーシャ以外の勇者はそういう風に便利に活用していたのですが……そもそも、それらは聖剣である必要はありません。別の、元々そういう用途で造られた他の道具だけで十分に役目を果たせます。
武器というカテゴリに限っても、それは同様。
超古代ならぬ現代の人類が金属加工や魔法技術によって生み出された武具だって、そう捨てたものではないのです。もちろん使い手の腕前にも左右されますが、十分な鍛錬を積んだ達人が名剣を振るえば倒せない魔物などそうはいないでしょう。
聖剣でなければならない理由など、はっきり言ってしまえば製作者の自己満足以外にはありません。もっともレンリやその一族の場合は、そんなことは最初から百も承知で魔道の追及を続けてきたわけで、今更思い悩んだりすることはありません。
「とはいえ、私とユーシャの立場を一緒にするのは乱暴か。彼女にはそもそも選択肢がなくて、最初からそういう生き物として造られたんだし」
使い道などあってもなくても関係ない。ただ聖剣が造れれば満足だというレンリのように、ユーシャもただ勇者であるというだけで満足できるのか。そうすべきなのか。
「人は誰でも『何か』ではあるわけだよ。だけど――」
レンリは言葉を続けます。
「今のところ、彼女には勇者であるって以外のアイデンティティがないわけだ。その唯一のアイデンティティが否定されたら何も残らなくなってしまう、かも」
レンリは言葉を続けます。
「自分が何者でもない空っぽの状態だっていうのは、まあ実際にそうなった感覚なんて私には想像するしかないけど、あんまり座りの良いものじゃないんじゃないかな。多分、だけどさ」
と、ここで一旦レンリは言葉を切りました。
思いつくままに言葉を続けた結果、意図したわけではないにしろルグやルカを不安にさせるような流れになってしまいました。今のはあくまでレンリの想像。それも想像の上に想像を重ねた妄言の類。何か悪いことが起きる前に最悪を想定して動く姿勢は時に重要ではあるけれど、今回が“そう”だということはないでしょう。
レンリがそう説明すると、二人も少し肩の力を緩めたようです。
「現状、周りが出来ることはないんじゃないかな。本人が気にしてないのに下手に周囲があれこれ気を遣ったせいで、変に意識されて本当に悩み出されても困るし」
「つまり、結局は現状維持しかないってわけか」
「彼女が本当に困ったり悩んだりしてるようなら、その時に改めて力になれるよう努めればいいさ。親子云々は置いておくとしても見知った仲ではあるわけだし。そもそもルー君だって彼女のことが心配だからこの話をしたんだろう?」
「それは……まあ、そうだけど」
……と、結局はそんなところに落ち着きました。
進展らしい進展はないけれど、ルグの気分は多少スッキリしています。少なくとも、あのままモヤモヤした気持ちを一人で抱えたままでいるよりは幾分マシというものでしょう。
「ルグくん、優しい……素敵」
「ああ、なかなか良い父親ぶりじゃないか。どうだい、いっそ本当にキミ達の子供として認知してあげるのは?」
「いや、それはまた話が違うというかだな……」
「う、うん……まだ……心の、準備が……」
もっとも、勇者の必要性どうこう以前に、突然現れた「娘」との関係についてはずっと棚上げしたままズルズルと先送りにし続けているわけですが。当事者の三人とも、ユーシャにもルグとルカにも落ち度がないためか、そちらの問題は一向に進展しません。
落ち度があるゴゴにしても、ユーシャに衣食住を提供するという形で責任を取ってはいるものの、何をどうしたら根本的な解決に繋がるのかは全く見えてこないのが実情です。
そもそも二人共通の「娘」として認知するということは、それ以前にルグとルカが夫婦として籍を入れる必要があります。一応、年齢的にも心情的にも可能ではあるのですが、流石に今すぐというのは現実的ではないでしょう。
「ふふふ、いつになれば『まだ』じゃなくなるんだい? 明日? それとも来週? 子供は何人欲しい?」
「え、えっと……その……」
「おい、レン。ルカが困ってるからそのあたりで……」
まあ、レンリとしても本気で認知を勧めているわけではありません。
単に二人が困る顔を眺めて楽しみたいだけ。実に良い性格をしています。
このままでは、レンリの悪ノリがどんどん悪化していく……かと思いきや。
「あ、あれ……? お兄ちゃん、たち……と」
幸か不幸か、ルカは話題を逸らすのにちょうど良さそうなネタを見つけました。
今いる喫茶店のすぐ外の通りにいるのは日頃から顔を合わせている兄と姉。そして今や身も心も堅気になったはずの彼らと話している相手というのが、大陸有数の大国であるA国の王都(の下町の隅っこ)でかつて悪名を轟かせていた(ような気がしなくもない)、(自称)天下の大悪党アルバトロス一家と違法な物品の取引をしていた人物だったのです。
感想ページの仕様が新しくなって各話ごとの感想を付けられるようになったそうです。
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