それっぽいことをしたい
あれやこれやで賑やかになった学都の街並み。
しかし既に専属護衛という仕事があるルグ達の生活は、これまでとさして変わりません。迷宮攻略に関してもレンリの気分次第なため、現在は第三迷宮の攻略を中断したままということになります。
仕事といえば、時折レンリに呼び出されては買い物の荷物持ちや話し相手を務める程度。迷宮に入る時に比べると少ないとはいえ、それでも幾らかの報酬が発生するのだから大変に割の良い仕事ではあるのですが、これではレンリの護衛なのか使用人なのか分かりません。
「……少なくとも、ヒモではないと思いたい」
ヒモだとしたら恋人共々、別の女に養われている相当の上級者ということになってしまいます。いったい何の上級者なのかはルグ自身にも分かりませんが。
まあ、それでも根が真面目なルグはいつ呼ばれても十全に動けるように一人の時間は自主トレーニングに充て、今日も比較的空いている道を選んで体力作りのジョギングに励んでいたのですが、
「ん、あれは?」
今日はその途中で知っている顔に出くわしました。
丈夫なロープで束ねた丸太が実に十本以上。
そんな大荷物を軽々担いで動ける人間など……ルグの知り合いには結構いそうなのですが、それはそれとして一般的な感覚では……そう多くはありません。
「よっ、こんなとこで何してるんだ?」
「ああ、お父さんか。見ての通りアルバイトだ」
ルグも奇人変人の類との付き合いには慣れたものですが、彼のことを父親扱いするタイプの変人は一人だけ。それも単なる騙りや思い込みではなく、ある意味では本当の親子だからこそ困ってしまいます。
そんな勇者のユーシャが、大量の丸太を担いで道の真ん中を歩いていました。
本人曰く、「アルバイト」ということですが。
「迷宮の中で切った木を職人の人がいる工房まで運ぶ仕事なんだ」
「でも、そんなに沢山重くないのか……って、まあ大丈夫なんだろうけど」
「あはは、わたしは力持ちだからな。これくらいへっちゃらだぞ」
丸太の総重量は恐らくトン単位になるでしょう。
しかし、恐らくルカと同等のパワーの持ち主にとっては、この程度重いとすら感じません。むしろ、うっかり力を入れ過ぎて折ったり握り潰したりしないかが問題です。
丸太の出所は第一迷宮。
以前からも材木関係の一部業者は迷宮内の木を切って商売に使っていましたが、最近になって魔物が出ないエリアが明確化されたおかげで、より多くの人間が迷宮の木を採りにくるようになったのです。最近、一段と勢いを増した建築ラッシュで建材が不足しているのも影響しているのでしょう。
しかし、建物の素材に使うには切った木をそのままというわけにはいきません。
伐採した現場でも余分な枝葉を落とすくらいは出来ますが、実際に組み上げる際のことを考慮して太さや長さを精密に加工したり、適度に乾燥させて水分抜きをしたりといった工程が必要になってきます。
どうやら、ユーシャの仕事は木こりが切った木を、建材用に加工する工房まで運搬する役目のようです。通常は荷車を使うか重さを支えられるだけの人数を集めてやる仕事ですが、彼女なら一人でも楽勝でしょう。運ぶだけなら専門的な知識や技術も要りません。
「えっ、そんなに稼げるのか?」
「最近になって急に上がったらしいぞ? どこも人手不足で大変らしい」
「そういえば、近頃求人の張り紙をよく見かける気がするな」
ちなみに、そんな仕事をしているユーシャは、ルグがちょっとビックリするくらいの高給取りのようです。これについては彼女が一人で何人分もの仕事をこなせるからというだけではなく、現在、人件費の相場が急速に上がっていることも影響しているのでしょう。
ここ最近はどこの店や工房も極端な人手不足。
何らかの技術や知識持ちは引く手数多ですし、健康だけが取り得の素人でもいいから欲しいという場所も多くあります。よそに人手を奪われないためには高額の給金で釣るのが手っ取り早い。不幸中の幸いと言うべきか、多くの店は人件費を上げても黒字を維持できるほどの客入りがありました。
そんなこんなで労働者の賃金はどんどん上がり、食品や日用品なども需要の増加に応じて値上がりし、周辺地域に経済的なインフレーションが起こっていたのです。
そんな状況でも“不思議と”物資不足や治安の悪化などは見られません。
結果だけ見れば空前の好景気とも言えるでしょう。
「あれ? でも、たしかお前ってゴゴから生活費は貰ってるんだろ?」
しかし、そうした経済状況の変化は、そもそも何故ユーシャがアルバイトなどしているのかという疑問の説明にはなりません。
彼女は、生み出した責任を取る意味もあって、現在はゴゴの庇護下にあります。
第二迷宮内のどこかに生活のための部屋があるようですし、必要な食料や日用品を購入する程度の金銭も貰っているはずです。見た目は大人でも、実際にはまだ生まれたばかり。その特殊な事情を鑑みれば、わざわざ働かず好きなことだけをしながら暮らしても、誰からも文句は出ないでしょう。そんな彼女が労働に勤しんでいるのには何か理由があるはずです。
「何か欲しい物でもあるのか?」
「ううん、そういうわけではないんだ。ただ人が足りなくて困っているようだったから。お金を稼ぐのはだからまあ、ついで、だな」
あえて仕事をしている理由は、どうやらお金儲けではなく人助け目的だったようです。先代と違って世間的な知名度は皆無とはいえ、流石は勇者の卵と言えましょうか。
「そうか。偉いぞ、ユーシャ」
「はっはっは。なにしろ、わたしは勇者だからな。勇者は困っている人を助けるものなんだろう? ……それに、な」
「それに?」
もっとも、働いている理由は人助けだけではないのですが。
「ほら、この街って平和だろう? わたしはまだ他の街に行ったことないけど、多分そうなんだと思う」
「まあ、そうだな。良いことじゃないか?」
「うん、それはそうなんだ。でも、平和だと悪い奴とか魔物とかをやっつけられないだろう? そういうのを退治してこその勇者って気がする、なんとなく」
「……ああ、それは正直分からないでもないけど」
巨悪を打ち倒してこその勇者。
ルグも勇者に憧れる者の一人として、その気持ちは分からなくもありません。
「わたしは勇者だから、ちゃんと勇者っぽいことをしたいんだ」
「でも手頃な敵がいないから、せめて出来る範囲で人助けを……ってことか」
ユーシャは戦闘そのものを好む性格ではないのですが、どうやら「勇者らしく在りたい」という独特の願望があるようです。しかし聖剣を携えた勇者が出張らなければならないほどの強敵など、そうホイホイ現れるはずがありません。現れても困りますが。
「……うーん。なあなあ、お父さん。薄々そんな気はしてたんだけど」
無論、彼女とて今の平和が壊れることを望んでいるわけではありません。
医者や兵隊などと同じく、世の中にはなるべく役目がないほうが望ましい仕事というのがあるのです。「勇者」が仕事かというと、それはなかなか難しい問題ではあるけれど。
ユーシャは思いついたことを何気なく口にしただけという風に、単なる世間話の延長として、苦悩など一切感じさせない気軽さで問うてきました。
「もしかして、勇者ってべつに要らなくないか?」
さて、最初から「勇者」というカタチに生まれてしまった生き物にとって、果たすべき役割がないのは必ずしも良いことなのでしょうか?
最近また少し腰の調子が良くないので、もしかしたら更新ペースが遅くなるかもしれません。




