なんだかすごいことになってしまった(裏)
レンリは言いました。
「なんだかすごいことになってしまった」
道を歩けば、どこの通りも人でいっぱい。
飲食店は行列で食事をするにも一苦労。
どこもかしこも旅行者や出稼ぎに来た労働者で溢れかえっていました。
元々、学都は活気に満ちた街ですが、いくらなんでも物には限度というものがあります。むしろ、まだ破綻していないのが不思議なほど。いえ、不思議どころか異常とすら言えるでしょう。完全に都市のキャパシティを超える人間が詰め込まれているのです。どこかで一歩間違えれば食料をはじめとした物資の不足。最悪、溜まった不満が爆発的に広がって暴動や略奪にまで発展しかねません。
まあ、そんな度を越した活況の原因こそがレンリなのですが。
それを知っているのはごく限られた数人だけとはいえ、ここまで想定を超えてくると最早困惑を通り越して、なんだか怖さすら覚えます。
「ウル君、神様はなんて?」
『えっとね、すごく信仰が増えてウハウハだって』
都市機能が破綻寸前まで追い込まれるほどの人が、こぞって信仰を捧げにきたのです。本来の目的は十分以上に果たせたと言っていいでしょう。
信仰の獲得ペースは僅か五日で前年までの半年分相当に。
女神像に捧げられる信仰エネルギーとは別に、迷宮を育てるための情報エネルギーの獲得量も先日までの三倍を超えるハイペース。今後、状況が落ち着いたらペースダウンする可能性もありますが、少なくとも現時点では順調すぎるほどに順調です。
「そうかい、それは重畳。じゃあ、追加でちょっと伝えてくれたまえ」
ならば次にすべきは、この流れを切らさないこと。
「ほら、人が集まるとトラブルの種も増えるから。大小全部のトラブルを無しにするのはコスト的に難しいかもしれないけど、人死にが出かねないような事件は御免だからね。だから――――」
『ふむふむ、じゃあ、その通りに伝えるの』
レンリが提案したのは大量に獲得した信仰エネルギーの一部を使って治安の維持を、正確には学都に集まった人々の心を穏やかに保つこと。加えて、理性や注意力をやや強めて事故などが起こりにくくすること。
神の奇跡であれば、そしてそれを実現するに足るコストがあれば、人心のコントロールとて不可能ではないはずです。これもまた先行投資の一部。
『ところで、これって洗脳じゃないの?』
「まあ、いいじゃないか。つまらない事件が起きて水を差されるよりはマシだろう?」
と、そんなやり取りがあったのが女神像が出現してから五日目あたりのこと。
以降も人は増え続け些細なケンカや口論は頻発したものの、重傷者や死者が出るほどの事件や事故が“幸運にも”発生しなかったのは、また完全にキャパシティを超過していたはずの流通や商業がギリギリで破綻しなかったのには、余人には知る由もない不思議な力が影響していた……のかもしれません。
「人間はエネルギーを生み出す貴重な資源だからね。下らないトラブルで目減りしてしまっては困るのだよ。ふふふ、人間達よ。何も知らず私の手の平で踊るがいい!」
『お姉さんのソレがどこ目線なのか我には全然分からないの』
レンリの言葉が照れ隠しなのか本心なのかについては、まあ語らぬが吉というものでしょう。




