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本日の教訓


 焼肉大会の後にデザートとして惜しげもなく提供された、カゴに山盛りの『知恵の木の実』。普段の状態であれば大喜びで残らず平らげたのでしょうが、



「どうせなら、お腹が空いてるときに食べたかったね」


「だめ。果物だけだと栄養が偏る」


「そういう問題なのか?」



 すでに大量の熊肉で胃袋が限界だったルグとルカは、一個の実を半分ずつで早くも限界。食べ過ぎて苦しそうにしています。

 まだ多少は余裕があったレンリも三個以上は難しいようです。まあ、一つ一つが小さめのメロンくらいはあったので、これでもかなり健闘したほうでしょう。



「贅沢は言えないし、これでも充分か。なんとなく魔力の通りがいい気もするし、それに……二人とも、ちょっと手を出してみたまえ」


「「?」」



 ルグとルカが手を伸ばすと、レンリは二人の手に軽く触れました。

 すると、特に魔法の詠唱や刻印を描く動作はなかったにも関わらず、満腹で苦しんでいた二人の表情が少しばかり楽になりました。どうやら、レンリが何かしたようです。



「お、ホントに出来た」


「ん……? レン、今、何したんだ?」


「いや、なんとなく出来そうな気がして試してみたんだけど、自分の身体の延長のつもりで君達の消化器系の強化をね」



 基礎的な身体強化の魔法に関しては、元々詠唱は不要。体内魔力を賦活させるだけで発動できるのですが、それも通常は自分自身の身体に限っての話です。

 他人の肉体を詠唱等の補助動作なしで強化しようと思ったら、かなり精密な魔力操作が必要になるのですが、今のレンリはそれを見事にこなしていました。どうやら、先程口にした実は「当たり」だったようです。



「何年か前に理論が公開された『食べ過ぎに効く魔法』っていうのもあるんだけどね。やたら難易度が高いから私には無理だけど。でも、まあ、このくらいはね」



 その『食べ過ぎに効く魔法』とは、今から五年ほど前にどこぞの酔狂な魔法使いが開発したという新しい術です。

 体内に極小の結界を張ってその中に別位相の異空間を作り出し、消化器官に無理のない範囲で食べた物を小出しにして食べ過ぎの苦しさを防ぐという、効果の割に異常に高難度なネタ魔法として有名です。



「へえ……変わった魔法、だね?」


「ああ。誰が作ったのかまでは知らないけど、きっと、よっぽどのバカか天才に違いない」


「それは否定できない。流石にどうかと思う」



 ライムもレンリの「バカか天才に違いない」という言葉に同意していました。淡々とした喋り方の中にも心なし呆れの色が混ざっていますし、もしかしたら、その開発者について何かしら思うところがあるのかもしれません。



「で、これはその劣化版かな。精々、良く効く胃薬くらいの効果だけど無いよりはマシだろうさ」


「ああ、おかげでだいぶ楽になってきた」


「うん……ありが、とう」



 いくら食べても太らない上に、理論上はほぼ無制限の食い溜めが可能になるとあって、一時期は習得を志す魔法使いや、それを後援する貴族も結構いましたが、そのほとんどはモノにならず諦めてしまったようです。

 ですが、その劣化版というか代替技術として、消化器官だけに効果範囲を絞って食べ過ぎの苦しさを軽減する手法が編み出され、そちらのほうは現在では対食べ過ぎの魔法として普及し始めているとかいないとか。レンリが現在使用しているのもそちらの術です。








「それはさておき、だ」


 と、レンリは話題を変えました。

 今のうちにどうしても確認しておきたいことがあったのです。


 

「こんなに沢山の『実』、一体どこで? いや、どうやって?」



 売買は迷宮のルールによって禁じられているとはいえ、『知恵の木の実』やそれに類する品々は大変な貴重品のはずです。本来であれば独占しようとはしても、他人にデザート感覚で提供しようなどとは思わないでしょう。

 にも関わらず、有り余るほどの実がここにある。

 ならば、ライムは『知恵の木の実』を効率良く発見・収集する方法をしっているのではないか……と考えたのです。



「簡単なこと」



 そして、ライムのほうも別にその方法を秘匿する気はなさそうです。



「いくつか穴場がある」


「穴場? 実の生る場所はランダムだって聞いてるけれど?」


「それは半分間違い。魔力の濃い所ほど実りやすい傾向がある。さっきの川の上流にもあるから、興味があるなら行ってみるといい」



 言ってみれば単純な話です。

 迷宮の中にある『知恵の木の実』や数々の宝物(そして魔物も)は、魔力が凝集して具現化したモノ。


 迷宮内にはどこであれ外界より濃い魔力が満ちていますが、場所によって濃淡があります。

 基本的には入口から遠いほど魔力が濃くなる傾向があるとはいえ、入口付近のこの近辺でも迷宮奥地に匹敵するほど魔力濃度の高い場所があっても不思議はありません。

 もっとも、ただでさえ魔力に満ちた迷宮内でそういった穴場を見つけるには、常人離れした感知能力が必要ではありますが。



「でも、そんなの教えて良かったんですか?」


「別に問題ない。他にも知っている人はいるけど、どうせ全員でも採りきれない。それに、さっき言った川上の場所も何故かあまり人が来ない」


「なんで……かな?」



 このような穴場情報はまさに値千金。

 通いつめこそすれ、普通なら距離を置くはずがないのですが、



「龍樹の巣が近くにあるから、他の魔物もいなくて収穫しやすいのに」


「いや、そりゃ来ないでしょうよ」



 まあ、リターン相応の危険リスクもある様子。

 魔力が濃い場所には強い魔物も生まれやすいのです。


 ちなみに龍樹というのは、読んで字の如くドラゴンの形をした動く樹木。

 あるいは樹木の身体を持つドラゴンのことです。


 数多の魔物の中でも最強として名高いドラゴンの一種なわけですから、龍樹もまた驚異的な戦力を有しています。

 攻撃能力に関しては火竜や水竜などに一歩譲るものの、頑強さや生命力、体格の大きさに関しては竜種の中でもトップレベル(なお、厳密には竜と龍は別の種なのですが、一般的には一緒くたに『ドラゴン』として扱われます)。

 並の冒険者では何百人いようが、まるで歯が立たないでしょう。



「大丈夫、あの辺りの龍樹は菜食主義者ベジタリアン。先に攻撃しない限りは滅多に襲ってこない」


「“滅多に”か。それなら行ってみる価値はある……いや、それでも怖いけど」








 ◆◆◆







 レンリ達三人はそのまま夕方近くまでライムの家で寛いでいました。

 これから探索を再開するような雰囲気ではありませんでしたし、そろそろお暇しようかと席を立つと、



「送っていく」



 と、案内を申し出たライムに連れられて帰ることになりました。もしかしたら、意外と世話好きなのかもしれません。


 森の中をほぼ直線の最短距離で進み、約二十分。

 三人プラス一人は第一迷宮の入口に到着しました。ちなみにお土産として用意された熊の味噌漬けも、小さめの壷に一人一つずつ、きちんと忘れずに持っています。


 そして、そこで別れるかと思いきや、



「ついでに、友達に会っていく」



 ……ということで、そのまま学都に転移して聖杖前広場まで一緒に来て、



「じゃあ、また」



 それだけ言い残して、ライムはスタスタと街の南側に向けて去っていきました。 

 姿を認識しづらいのは、木々の少ない街中でも変わりません。気配を消すのが癖になっているのでしょう。あっという間に後姿を見失ってしまいました。





 その場に取り残された三人は、



「変な人だったね」


「悪い人じゃないけどな、多分」


「う、うん……いい人、だと……思う、よ」



 なんだか、ドッと疲れた様子です。

 途中までは順調に冒険をしていたはずなのに、結局当初予定していた場所まで行くという目標は未達成。

 なのに、得た物、知ったことは無闇に多い。

 成功とも失敗とも言い難い複雑な心境のようです。


 そして、その原因となった誰かさんは、もう姿も見えません。

 もっとも、この場にいようがいまいが、怖すぎて文句など言えるはずもないので、結局はこうして黄昏るしかないのですが。



「……でも、あれだね」


「……うん、あれだ」


「…………だね」



 三人は顔を見合わせ、声を揃えて、



「「「絶対に怒らせないようにしよう」」」



 今後何があろうと絶対に忘れないように、本日最大の教訓を深く心に刻み付けました。


今回出た穴場情報は、自由度の高いRPGでたまにある『序盤から入れる高難度ダンジョン』的なやつです。魔物以外にも足場が悪かったり危険度は高いですが、最大で林檎シーズンの青森県くらいの収穫が期待できます。

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