おいでませ、お嬢様ハウス
迷宮都市から戻った当日。
レンリはウルと一緒に同郷の友人達の住処を訪ねました。
場所は旧市壁外にある通称「新市街」の一等地。
もはや街外れなどとは呼べません。
元々あった市壁を取り壊し、人や馬車が通れる道を敷き、スムーズな行き来が出来るようになっています。新しい建物も続々完成し、もうすっかり街らしくなってきました。
「へえ、なかなか良い屋敷じゃないか」
「ええ、お父様に誕生日のプレゼントで買っていただきましたの」
アンナリーゼ達はこちらに来たその日から、ホテル暮らしなどではなく自分達の屋敷に住んでいました。新市街の開発が始まったかなり早い段階で土地を確保し、腕の良い職人や建築系の魔法使いも大勢送り込んで、ほんの二か月かそこらで立派なお屋敷の出来上がり。お気に入りの工房製の家具やら日用品やらも、最初から一式全て揃っています。
お嬢様達それぞれの私室はもちろん、マギーや住み込みで働く使用人の部屋、大規模なパーティーにも対応可能な食堂、浴室や厨房やワインセラーや、他にも色々。一般的に「豪邸」という言葉からイメージされる大体の設備は揃っていました。
「世の中には狭い部屋のほうが落ち着く気性の方々もいらっしゃると聞いていましたが……なるほど、たしかにこれくらいこじんまりとした広さの家も良いものですわね」
「ええ、食事のたびに何分も廊下を歩くのは大変ですもの」
「あ、分かる分かる。ちょっと手洗いに行くにも無駄に広いと面倒臭いんだよね」
『……これは、我が突っ込むべきなのかしら?』
そんな豪邸も、当の住人達にとっては適度に狭くて落ち着く家という扱いでしたが。レンリも根本的にはお嬢様サイドの人間なので、必然的に彼女達にツッコミを入れられるのはウルだけになってしまいます。
ウルも別に金銭感覚に優れているわけではないのですが、誕生日プレゼントに豪邸を贈るのがおかしいのは流石に分かりますし、今いるこの屋敷が狭くて落ち着くという感覚がおかしいということも分かります。
いえ、本当におかしいのは彼女達の実家の広さなのかもしれませんが。
なにしろ家の敷地内に山や森があるのは当たり前。迂闊に子供だけで遊んでいると自分の家の庭で遭難しかねないほどです。建物部分だけでも、この街の大劇場くらいのサイズがあるかもしれません。生まれた時からそんな屋敷で暮らしていたのなら、一般的な建物感覚からズレてしまうのも止む無しといったところでしょう。
「それにしても、私が言うのもなんだけどさ」
まあ屋敷については置いておきましょう。
どうやらレンリは別の部分が気になっているようです。
「前からこっちに来たいとは言ってたけど、よく家の人の許しが出たね。正直、そこが一番意外だよ。私の家じゃあるまいし」
レンリとて、自分の家が貴族家としても相当に変な部類だという自覚はあります。「知識欲と好奇心を全てに優先すべし」という極めて特異な家風だからこそ、レンリも学都に来ることができたのです。
しかし普通の、いわゆる伝統を重んじる貴族的な貴族家ではなかなかそうもいかないはず。ちょっとした旅行ならまだしも、レンリの近くにいたいからという理由で隣国の都市に移住するというのは……まあ、家の人間に認められる可能性はかなり低いと言わざるを得ません。
「でも、実際こっちに来てるわけだし。様子を見る限りじゃ家出ってわけでもなさそうだ。アン、いったいどんな手品を使ったんだい?」
「ふふ、それはもちろん愛の力が奇跡を起こしたのです! ……と言いたいところですが、ほら、いつだったかお姉様も仰ってましたでしょう? 一見、厳格に見えるルールにも探せば抜け道はあるものなのですよ」
その「抜け道」の具体的な内容についてですが、
「私の家で出資している商会が学都に支店を作るという話を小耳に挟みまして。そうなると支店の責任者が必要になりますよね。そこで商会長に言って、その枠に私をねじ込むようにと。ほら、実際の業務は他の人間に任せるとしても、貴族籍にある人間が名目上の責任者ということにすれば取引がスムーズに進むこともありますし」
「商売の都合ってことかい。でも、それだけじゃ理由として弱いんじゃない?」
「ええ、他には聖地巡礼という理由もありますよ。偉大なる神がお創りになられた迷宮に入ってみたい、などと。そんな話をお父様と一緒に王都の神殿に行った時に、それとなく神官長様の前でして露骨な信心アピールなど」
『えっ、我って外国だと聖地とかそういう扱いなの?』
いくら大貴族でも、いえ国家の重鎮たる大貴族だからこそ、宗教分野の重要人物の機嫌を損ねるのは避けようとするもの。貴族同士での駆け引きとは勝手が異なります。
もし神殿の神官長クラスから「ご息女の信心深さは素晴らしい」などと、それとなく聖地巡礼を後押しするようなことを言われたら、あまり強く反対もできません。
「巡礼という名目では短期間の滞在で終わってしまいそうなので、先程の商会の件と組み合わせまして。あとはまあストレートに」
「ストレート?」
「学都行きに反対したらお父様のことを嫌いになります、と嘘泣きを交えつつ駄々をこねまして。お祖父様や次期当主のお兄様にも同じようにして味方になっていただいて、それでなんとか条件付きでOKということに。他の皆も同じような感じで、ええ」
「いや、それ抜け道でもなんでもなくない?」
結局、最後は強引に押し通すような形だったようですが、条件付きとはいえ目的を果たした意思の強さだけは評価すべきかもしれません。
ちなみに、その条件というのは指導者であるマギーによる監督。
迷宮の内外を問わず、もし彼女達が危険なことをしたり指示に従わないようなことがあれば、即刻、縛り上げてでも実家に連れて帰るというものです。誰か一人が違反した時点で全員の連帯責任になるという厳しい条件ですが、それが彼女達の保護者としてもギリギリ妥協できるラインだったのでしょう。
「まあ、そんな細かいことはどうでもいいではありませんか。人は過去ではなく未来に目を向けるべきなのです」
「ふむ、具体的には?」
「ええとですね、お姉様やウルさんのご迷惑でなければなんですが……一度、風の噂に聞くお泊り会なるものを一緒にしてみたいなぁ、なんて。ほら、実家ではそういうのできませんもの。ベッドの上でお行儀悪くお菓子を食べながら、カード遊びやお喋りをして皆で夜更かしをするのです!」




