雑談:新米勇者の実力について
――――そして、早数日後。
「ふむふむ。それで、その後どうなったんだい?」
概念魔法の基礎修業を終えて帰ってきたレンリは、不在中の出来事についてルグから話を聞いていました。ウル達経由の連絡手段があったので、これといって特筆すべき異常事態がないことは分かっていましたが、細々としたエピソードの全てを連絡し合っていたわけではないのです。
「で、その次の日にシモンさんとユーシャが迷宮の中で試合をしたんだけどな、まあ、結論から言うと勝ったのはシモンさんだ。俺も見てたけど、かなり一方的な圧勝だったと思う。ああ、どっちも怪我とかはしてないぞ」
「へえ? 正直、意外な結果だね」
現在の話題は、あの訓練場での試合の翌日。
シモンとユーシャの戦いの結果について。
「ちゃんと戦ったのを見たことはないけど、あの子だって弱くはないだろう? 腕力でルカ君と張り合えるくらいだし。ゴゴ君によれば、剣術とか戦いの知識も、いんすとーる? されてるらしいし」
「ああ、悔しいけど多分、今の俺よりはだいぶ強い。ただの力任せでも大体の奴には勝てると思う」
なのに、試合はユーシャの完敗。
聖剣を使わない、完全に素の実力での勝負だったとはいえ、その内容は一方的なものでした。なにしろ、シモンには相手に怪我をさせずに勝つ余力があったほど。実力を測るべく試合を申し込んだ彼からしても、これは意外な結果でした。
決して、ユーシャが弱いわけではありません。
ルカから受け継いだ怪力に、生まれつき刻み込まれた戦闘技術に戦闘知識。並大抵の相手ならそれだけで圧倒できるはずです、が。
「シモンさんが言うには、一つ一つの技は超一流らしいんだけどな」
身体能力、反射神経、動体視力などの基礎スペックも超一流。
技の引き出しも数多く、キレも鋭い。
なのに、不思議と勝てないのはどういうことか。
「なまじ色々できるもんだから、どの技を選ぶか考えて迷う隙が……って言っても俺とかルカには分からないくらいの一瞬なんだけど、隙が出来る、らしい。技に使われているとかなんとか」
「なるほど。分かったような、分からないような……?」
シモン曰く、まるで型稽古だけで達人の域に至ってしまったかのようだ、と。
格下相手なら素のスペックの高さだけで完封できるけれど、一定以上の水準に達した相手だと途端に善戦すらできなくなってしまう。これもやはり、生まれてからの実経験の少なさに起因するものなのでしょう。
「それで、ユーシャ君は? 負けて落ち込んでたりはしないかい?」
「いや、それが全然。あいつ、別に戦い大好きってわけじゃないみたいなんだ。興味自体そんなにないらしい。観戦は普通にしてたし、戦うのが怖いとか、そういうのを見るのも嫌な平和主義者ってわけではないんだろうけど」
「へえ、戦いに興味がない? それは変わって……いや普通か。普通だな。普通だよね? さっきまでの話のせいで感覚がおかしくなってる。そもそも冷静に考えると、どうして親睦を深めるために戦うのさ? それは一体どこの文化圏の風習なんだい?」
「いや、俺に言われてもな……いやまあ、つい、その場のノリで試合はしたけど。それで実際に親睦が深まった気がしないでもないけど」
幸いと言うべきか、イレギュラー的な事情で生み出された新たな勇者の活躍が求められそうな機会は現状ありません。傭兵などと同じく、勇者もまた必要とされない平和な時代ということなのでしょう。
だから新米勇者の実力がどうであれ、そもそも問題とすら言えないのです。
それに『第一』と『第三』の覚醒によって迷宮達の戦力も大きく増していますし、いざという時にすぐ迷宮都市に連絡できる手段も用意しました。今の学都ほど安全な場所は世界中探してもそうはない、はず。
「まあ、それ自体がふらぐ? みたいな気がしないでもないけどね」
レンリはそうして、最近覚えた異世界語でこの雑談を〆ました。




