むやみやたらと戦いたがる人たち
勝負の最終局面。
ライムが繰り出したのは顔面狙いの飛び膝蹴り。
跳躍の直後、マギーの頭部を両手で掴み、そのまま顔の中心へ膝を叩き込もうとして……。
「……えっ!?」
「じ、自分から!?」
見物人が驚くのも無理はありません。
ライムの飛び膝蹴りに対して、マギーは防御体勢を取るのではなく、なんと自分から頭を下げて喰らいに行ったのです。いわゆる頭突きとも違います。
額の硬い骨の部分ではなく、顔面の中心、人体の重大な急所である鼻の辺りを向かってくる膝に叩きつけていました。当然、鼻骨は粉々に砕けて噴水のような勢いで鼻血が噴き出し……しかし、倒れない。
「あの飛び膝を耐えきった!?」
「そうか、自分から前に出て威力を殺したんだ!」
打撃格闘技の巧者が使うテクニックには、自分からわざと攻撃に向かっていくというものがあります。パンチでもキックでも、打撃技が最大の威力を発揮できるタイミングはほんの一瞬。ダメージそのものは避けられずとも、あえて前に出ることで本来攻撃側が想定していた威力を減ずることは不可能ではありません。
マギーはここまでの戦いでライムの技の威力を測っていたのでしょう。その上で、あえて受けに行き打点をズラせば自分なら耐えられると判断したというわけです。
更に、噴き出した鼻血は当然のように目前のライムへと。
目潰しの効果に加え、マギーにとっては幸いなことに、大量の血で滑ったのか頭部のホールドも緩んで外れました。あるいは幸運ではなく、血を利用することまでが計算の内だったのか。いずれにせよ、大技の直後は無防備になるのが戦いの常というものです。
これでライムの身体は完全に空中に。
地に足が付いていない状態では威力のある技は出せません。
そして攻撃を受けた際に踏ん張ることも不可能。
「せぇ、のっ!」
渾身のフルスイングから放たれるハルバードによる斬撃……いえ、流石に殺すつもりはないのか振りかぶると同時に手の中で得物を回し、斧槍の腹部分で叩く打撃になっていましたが、その威力は勝負を決するに余りあります。
最低でも骨折は免れませんし、体重の軽いライムが受けたら街の上空を一気に越えて、数百メートル先の大河あたりまで飛ぶ大ホームランになりかねません。
「これで、決着だよ!」
訓練場の敷地全体にハルバードの一撃で巻き起こされた豪風が吹き荒れ、ほとんどの人間は咄嗟に目を瞑ってしまいました。そして、直後に再び目を開いた彼ら彼女らが目撃したのは、
「ううん。違う」
「なっ!?」
空中で身動きが出来なかったはずのライムが、武器を振り切ったマギーの背後に立つ姿。
ほとんどの人間には、そして戦っていたマギーにも何が起こったのか分かりません。
この試合中、ライムは炎や雷の攻撃魔法は牽制に使っていたものの、それ以外の魔法は用いていませんでした。より具体的には、転移術を。
短距離転移は接近戦における強力な手札ですが、マギーほどの達人であれば何度も見せるうちに対応されてしまう可能性が低くありません。空気の流れや気配や動物的な勘を頼りに戦うタイプには奇襲効果が半減ですし、無闇に多用すれば転移の出現位置を先読みされる可能性もあります。
故に、ライムは転移を封印して戦っていたのです。
切り札が最大の効果を発揮する局面を待ちながら。
飛び膝蹴りの後、空中で無防備な隙を晒したのも誘いの一部。マギーなら絶対にあの隙を見逃すはずがないという、ある種の信頼によるものです。戦いのレベルはまるで違いますが、先程のルグの策にも近いものがありました。
「これで……これが、決着!」
ライムはマギーの背後から両腕を腰に回し、そして。
「……ちぇっ、今回はアタシの負けか。なあ、また遊んでくれるかい?」
「うん。何度でも」
決まり手は強烈なスープレックス。
綺麗に投げられたマギーの脳天が訓練場の地面へと叩き込まれ、文字通りの地を割る轟音が試合決着のゴングとなりました。
◆◆◆
「ああ、負けた負けた! 弟子の前で格好悪いったらありゃしない!」
「ん。どんまい」
試合が終わった十数分後。
ライムとマギーは、もうすっかり普段通りの調子に戻っていました。
細かな怪我は残っているものの、出血もほとんど止まっています。
「なんで、もうピンピンしてるんだ?」
「タ、タフ……だね……」
一流の戦士は回復力もまた一流ということなのでしょう。
早くも次のケンカの約束をしている彼女達を、ルグ達は感心すべきか呆れるべきかも分からずに見守っています。
と、そこにシモンがやってきました。
彼は今の試合で荒れに荒れた訓練場の整備の指揮を取っていたのです。
なにしろ、ライム達が戦っていた余波で場内は地割れだらけ。あのままでは本来の用途である騎士団の訓練にも支障が出てしまいます。
幸い、被害は土魔法使いが数人がかりで取り掛かれば三十分も掛からず元通りになる程度。あとの作業は部下の魔法兵に任せて、シモンは親友の勝利を祝福しにきたというわけです。
「ライム、見事な戦いだったぞ。俺もうかうかしてられんな」
「うん。ふふ」
小さな子供を褒めるように頭を撫でられて、ライムはとても嬉しそう。先の試合中の空恐ろしさを感じさせるような笑顔ではなく、見た目相応の少女らしい可憐な笑みを浮かべています。
「そうそう、団長のボウヤとも約束してたっけね。どっこいしょ、っと」
「いやいや、流石に今すぐにとはいかぬだろう。俺としても万全の状態の貴女と戦いたい」
シモンの顔を見て、マギーは彼とも戦う約束をしていたのを思い出したようです。早速得物のハルバードに手を伸ばしかけましたが、それは流石にシモンから断りました。
いくらピンピンしているように見えても、体力や魔力の消耗は決して軽くないはずです。どうせやるなら万全の状態でないと意味がありません。
「あとはまあ、何度も訓練場を荒らされるのは正直困る。こちらにも使用予定とかあるのでな、出来れば次からは場所を移してもらいたい。そうだな、例えば……」
「それなら迷宮がいいんじゃないか?」
シモンの提案に先回りする形でユーシャが答えました。
たしかに迷宮内なら巻き添えで人や建物に被害が出る恐れも無用。
現在、ゴゴの庇護下にある彼女は第二迷宮内で寝泊まりしているのです。こういうアイデアが出てくるのも当然かもしれません。
「……ふむ。そういえば先程の試合の様子も正確に見極められていたようだが」
が、それはそれとして。
ユーシャの言葉を聞いた彼は何かを考えこむような素振りをみせました。
そして数拍の後にシモンは、二代目勇者の弟子は、ユーシャに対してこんな提案をしたのです。
「ユーシャよ。一度、俺と手合わせ願えるだろうか?」




