焼肉とデザート
ライムに連れられて入った小屋の中には、簡素ながらも椅子やテーブル、別室にはベッドや炊事場などもあり、人が暮らせるようになっていました。
「もしかして、迷宮の中に住んでるんですか?」
「うん。でも、いつもではない。帰るのが面倒な時はさっきのテントを使う」
どうやら、この小屋が本邸。
先程のようなテントは、遠出した際の別邸として使い分けているようです。
「危険……はないかもしれないけど、こんな森の中じゃ不便じゃないのかな?」
「そうでもない。食べ物はいくらでも採れるし、必要な物があれば街に買いに行けばいい。それに、家賃もかからない」
「それ、は……うらやましい、かも」
意外に森の中の暮らしは快適そうです。
それも戦闘力に裏付けられた安全と、極まったサバイバル能力あってのことなので、常人には到底真似できそうもありませんが。
「待ってて」
レンリ達が席に着くと、ライムは炊事場と思しき部屋に入り、それほど時間を置かずに戻ってきました。
テーブルの上には、熱した炭を入れて加熱するタイプの焜炉と焼き網、人数分の食器、酢漬けの野菜が乗った皿、そして主役と思しき大きな陶製の壷が並べられています。
「ええと、これは?」
「お礼」
ライムは焜炉上の焼き網が充分に熱されているのを確認すると、壷の中からタレに漬けてあったらしい肉をトングで取り出して焼き始めました。
どうやら、先程のチョコレートのお礼がこの焼肉のようです。
「これ、なんの肉だろ?」
「鋼鎧大熊の味噌漬け。ちょうど食べ頃」
「ああ、あの時の」
ルグの疑問にライムが簡潔に答えました。
以前の講習の際に蹴り殺されていた熊の魔物が、このお肉の正体のようです。狩って解体した物をタレに漬けて寝かせておいたのでしょう。
「ごくり」
と、誰かがツバを飲む音が鳴りました。
味噌ダレと肉の脂が焦げる香りが室内に充満し、食欲が刺激されたようです。ほんの一時間前に昼食を食べたにも関わらず、レンリ達はすっかり食欲が叩き起こされてしまったようです。
野草中心の食事もあれはあれで美味でしたが、それはそれとして、やはり食べ盛りの身体が肉っ気を求めているのでしょう。
「うん、もう食べていい」
「「「いただきます」」」
ライムのお許しが出ると、三人は一斉にフォークを焼き網の上の熊肉に向けました。熊肉というのは扱いが難しい食材で、下手な調理をすると臭くて食べられたものではないのですが、
「これは美味しい!」
「うん、美味いな」
「お、美味しい……ね」
三人の評価は上々。
鋼鎧大熊が元々熊にしては臭みが少ないという理由もありますが、味の濃いタレにも美味しさの秘密があるようです。
「この茶色いタレ、変わった味だけど美味いな」
「これはミソだね。魔界から入ってきた調味料で、たしか豆や穀物を醸して作るとか。でも、コレはミソだけじゃないみたいだね」
「この、白くて、小さいの……生姜、かな?」
「お酒で固めに溶いた味噌に、刻んだ生姜と唐辛子、隠し味に蜂蜜を混ぜてある」
漬けダレにも熊に合うような工夫が色々あったようです。
これが豚や鶏肉だったらタレが濃すぎて肉の味が負けてしまうところですが、熊を相手にするなら半端な味付けでは肉の癖に対抗できないのでしょう。
少し甘めのタレが炭火で炙られると、なんとも言えない良い香りになり、いくらでも食べられそうになります。
「気に入ったなら好きなだけ持って帰るといい。どうせ一人では食べきれない」
ライムが視線を向けた先には同じような壷がまだ何個もありました。
たしかに丸々一頭分の熊肉を消費するのはかなり大変でしょう。
「それはありがたい!」
「う、うん……ありがとう、ございます」
「どういたしまして。いつもなら、シ……友達に食べるのを手伝って貰うんだけど、最近は『熊はもう食べ飽きた』と言われて困っていた。熊、美味しいのに……」
ライムが三人を招いたのは、チョコのお礼というのも嘘ではありませんが、どうやら有り余った熊肉の消費を手伝って貰う目論見もあったようです。
「こんな美味いのに飽きるなんて贅沢な友達だね」
「うん。私はただ毎週一頭ずつ届けただけなのにワガママだと思う」
「いや、それは流石にどうかと……」
いくら美味しくとも、数百kgもの熊肉が週一ペースで届いたら誰だって見るのもイヤになりそうです。ライム以外の三人は、未だ見ぬその人物に大いに同情しました。
◆◆◆
肉を食べ、合間に付け合せの酢漬けを食べ、そしてまた肉を食べ。
一時間近くも食べ続けていたでしょうか。
「ご馳走さま」
「もう、食えない……」
「お腹……いっぱい……」
なにしろ、全員がかりでも食べきれないほどの肉があるので、いくら食べてもなくなりません。次から次へと、焼いては食べ、食べては焼きを繰り返し、三人ともすっかり満足したようです。
「デザートを持ってくる」
そしてライムはというと、一向に調子の変わらぬ無表情かつマイペース。
大食いのレンリと同じくらいの量を食べたのに平然としており、炊事場に引っ込んで食後のデザートを用意してきました。
「どうぞ」
「お、果物か。これはありがた……」
伸ばしかけたレンリの手が途中で止まりました。
大きめのカゴに山盛りの果物。
それだけなら不審はありませんが、それらの果実は一つ残らず発酵、ではなく発光していました。前にルカが見つけた『知恵の木の実』によく似ていますが、あれよりもずっと一つ一つのサイズが大きく、放たれている光も強いようです。
「どうぞ。遠慮なく」
「い、いただきます。でもいいのかな? なんか食べにくい……」
「食べにくいならウサギさんの形に剥く?」
「いや、、そういう意味じゃなく……もう、いいや。いただきます」
まさかの『知恵の木の実』食べ放題にはレンリ達も気後れしていましたが、遠慮してもいいことはありません。色々な葛藤には目を瞑って手を伸ばしました。
◆◆◆
《オマケ・ルカ設定画》
作者のイメージ的には大体こんな感じです。
例によって、予告無く設定が変更されるかもしれません。
またお絵描き欲が溜まってきたら誰か描くかもしれません。