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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
八章『新生勇者伝説』

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やたらと戦いたがる人たち


 先に仕掛けたのはライム。試合開始の合図と同時に、駆け引きも戦略もない、無謀にも思える正面突撃を敢行しました。



「む」


「おっと、危ない危ない」



 初撃は不発。

 ライムが至近距離から繰り出したのは太腿狙いのローキック。互いの身長差を加味すればミドルキックのような軌道の蹴りは、マギーが上げた脛で軽々と防がれました。

 ライムの本気の蹴り技は生の青竹を数本まとめて破砕するほどの威力があります。鍛え方の甘い相手なら、たとえブロックされようと防御を無視して筋断裂や骨折などの大ダメージを与えられたのでしょうが、今回は衝撃力の大半を身体のバネで受け流されてしまっていました。

 巨体に似合わぬ繊細で精密な技術。これほどの受け技の巧手が相手では、ブロックの上から何十発叩いても勝負を決するほどのダメージには繋がらないでしょう。



「じゃあ、今度はこっちの番だよ! っと、おや?」


「ん。お返し」



 しかし、ライムも負けていません。

 マギーが繰り出したハルバードの横薙ぎに対し、直撃の寸前、一歩間合いを詰めると同時に柄の部分に軽く手を添え、ただそれだけの動作でピタリと止めてしまいました。

 力に力で対抗したのではありません。

 触れた箇所から伝わってくる破壊力にあえて逆らわず、極度の脱力によって横薙ぎの威力をそのまま素通りさせてしまったのです。攻撃力はライムの体内を通過して全て地面へと流されていました。



「おお、あれはガルド殿の。もう自分のモノにしていたのか?」


「ううん。まだ未完成」



 シモンには今の技に見覚えがありました。

 以前、知人の冒険者に敗北を喫した後に教えを受けた『流転法』という力の流れを操る体術。日頃から地道な鍛錬を続け、まだ完璧にマスターしたとは言えないまでも奥義の一端には手が届いたようです。

 本人が未完成というように今のライムでは打撃技を受け流すことはできても、その威力をそのまま相手に跳ね返したり、鋭利な刃物にまで対応することはできません。とはいえ、現時点でも守りの技としては高い応用力を誇ります。


 まあ、それはそれとして。



「これこれ、試合中に外野とお喋りするんじゃあないよ」


「む。ごめん」



 まだ戦いは序盤も序盤。

 互いに一発ずつ仕掛けて、両方とも防がれただけ。

 休憩してお喋りに興じるには早すぎるというものでしょう。



「まあ、手加減が要らないってことは分かったろ? お互いにね。さあさあ、今度は決着がつくまで休ませないよ!」


「ん。望むところ」



 様子見の時間はもう終わり。

 ここからが本当に本気の戦いです。







 ◆◆◆







 飛び散る火花。

 巻き起こる旋風。

 ライムとマギーの戦いは、静かな立ち上がりとは打って変わった激しい打ち合いへと変じていました。



「あのエルフの方、まさかここまでとは……」


「皆さん、お二人の動きが見えてますの?」


「いいえ、正直何がどうなっているのか……」


「これが先生の本気……ところで訓練用じゃない本物のハルバードなのは、アレ本当に大丈夫なんでしょうか?」



 ライムの実力を知らなかったお嬢様ご一行、アンナリーゼとベアトリスとクレアとドリスは、想像を遥かに超える戦いを目の当たりにして大層驚いています。いえ、「目の当たり」と言っても、彼女達の動体視力の限界を超過したスピードゆえに、駆け引きの詳細な内容までは理解できていないのですけれど。


 ライムのフットワークは試合序盤から時が経つにつれて速さを増し、常人の目に見える速度はとうに超えています。強化魔法を使える人間が動体視力を強化してなお、小柄な影の残像しか映りません。

 この動きを捉えるには単なる視力の強化だけでなく、聴覚や空気の流れを読む触覚、反射や思考速度をアップさせる神経強化など、プラスアルファの能力が必要となることでしょう。


 しかし、それほどの速度をもってしても決定打にはなり得ません。

 その事実がそのままマギーの戦士としての練度の高さを示しています。


 長く重いハルバードを小枝のように軽々振るい、ライムの攻撃を受け止め、自身の急所の前に置くことで攻撃の手札を制限する。そして当然、守勢に回るばかりでなく隙あらば攻撃のために突き、薙ぎ、殴りつける。

 長物の弱点である超接近戦への対応も完璧です。

 その動作の切り替わりがあまりに速くスムーズなので、マギーの振るうハルバードもほとんどの見物人には捉えられていません。恐らくは、黒っぽい影がもう一つの影と時折ぶつかり合っている、ような気がする、程度にしか認識できていないでしょう。

 猛烈な打撃音や武器の風切り音は絶え間なく聞こえてくるので、凄まじい戦いが間近で繰り広げられていることへの疑いはありませんが。



「おお、二人ともすごいなー。わたしもビックリだ」


「ユーシャ、見えてるのか?」


「うん。シモンだって見えてるだろ? お父さん達も見えてるみたいだしな。ちゃんと視線があの二人を追ってる」


「まあ、それはそうだが……ふむ」



 この訓練場内で試合の様子を目で追えているのは、当事者の二人を除けばユーシャとシモン。そして一応ルグとルカも。後者の二名については、レンリから借りたまま持ち歩いている神経強化の魔短剣の力を借りているからこそですが。

 冒険者のトップ層や騎士団内でシモンに次ぐクラスの精鋭なら、この戦いをきちんと見られるかもしれませんが、たまたま今日この場にいた中で認識できたのはこんなものでしょう。


 そのまま、戦闘開始から十分弱。

 ライムの拳や蹴りや魔法。

 マギーの斬撃や刺突に打撃。

 両者ともに軽傷を負ってはいるものの、互いに決定打はありません。代わりに二人の周囲の地面は大きく抉れて酷い有様になっていましたが。



「む! 皆、目を逸らすでないぞ。そろそろ決着のようだ」


「見物の人達はちょっと下がったほうがいいぞ。危ないからな」



 極小サイズの暴風雨染みた戦いも、そろそろ終盤のようです。

 戦いの空気が変わった、とでも言うのでしょうか。

 その気配を敏感に感じ取ったシモンが、周囲に一層の注意を呼びかけました。



「……ふぅ」


「……すぅ……はぁ」



 それを合図にしたように、ここまで全力疾走のような熱戦を繰り広げていた両者も一旦動きを止めました。流石の彼女達といえど疲労の色は隠せません。最後の激突を前に呼吸を整えて力を蓄えているようです。



「ふぅ……ふふ」


「は、ははっ、楽しいねぇ。嬢ちゃんもそう思うだろ?」


「うん、とっても。ふふ、ふふふ」



 この戦いが心底楽しかったのでしょう。

 普段は無表情のライムも、まるで花が咲くように朗らかな、そして何故だか見る者の背筋が寒くなるような笑みを浮かべていました。



やだ、このひとたちあたまおかしい……

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