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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
八章『新生勇者伝説』

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戦いたがる人たち


 剣と槍の間合いの差は簡単には埋められません。

 試合開始当初から一方的に押されていたルグは、苦し紛れに見える大振りを繰り出すも当然のようにアンナリーゼには避けられてしまい……そして、呆気なく決着となりました。



「はい、ボウヤの勝ちだね」



 勝者はルグ。

 彼の木剣がアンナリーゼの首のすぐ横で寸止めされています。

 無謀な大振りをあえて繰り出すことで、いかにも自然にできた風な隙を用意して誘いをかける。その後に来るであろうカウンターに対するカウンターを狙った形です。


 ルグはそこまでの試合展開の中でも息遣いをわざと荒くしたり苦しそうな表情を浮かべることで、実際以上に追い詰められているフリをしていました。その仕込みのおかげで無謀な大振りの裏にある本当の狙いを悟られなかったというわけです。なかなか見事な頭脳プレーである……といった解説が審判役をしていたマギーから語られました。

 傭兵の戦術には、個人単位だけでなく集団規模で追い詰められたフリをするような戦い方もあります。意図的に劣勢を演出するというルグのアイデアはマギーには早い段階で見抜かれており、しかし、審判としての公正さを鑑みて試合中の弟子への助言はしなかったのでしょう。



「こういう駆け引きは身内同士の試合じゃ教えにくいからねぇ。この子達にも良い勉強になったろう」


「な、なるほど、参りましたわ……」


「いや、そっちも思ったよりずっと強かったよ」



 ルグの言葉も決してお世辞ではありません。

 油断はしていないつもりでも、やはり心のどこかにはお嬢様達を甘く見ていた、あるいは丁重に気遣うべきなのではという気持ちもあったのでしょう。いくら鍛えているとは言っても、しょせんは「お稽古」の域でしかないのでは……なんて、そんな無意識の油断はすぐに消えて失せました。


 いざ試合が始まると堅実で確実な試合運びに、地道な修業に裏付けられたであろう正確で素早い槍捌き。三倍以上の剣の技量で正面から打ち崩す、なんてとても言えません。

 レンリ謹製の魔短剣を使った神経強化や二重の筋力強化による縮地法を使えばゴリ押しも不可能ではありませんでしたが、それは却下。それで勝っても純粋な実力勝負ではなく装備の差ということになってしまいます。


 ルグの最後の策が上手く決まったのも、アンナリーゼの実力であれば確実に隙を見逃さないであろうという、ある種の信頼がそこまでの試合展開の中で築かれていたからこそ。相手に一定の水準以上の実力がなければ生じた隙に勝機を見出すこともできず、故に、わざと隙を用意して誘うような手は使えません。


 と、試合内容について一通りの解説が済んだ頃。 



「あら?」


「やけに見られてるとは思ってたけど」



 周囲で見物していた人々からパチパチと拍手が聞こえてきました。

 勝ったルグだけでなく双方の健闘を称えるもののようです。

 気分転換と親睦を深めるために試合をするというのは、こうしてみると案外理に適っているのかもしれません。まだ一戦目が終わっただけなのに、戦った当事者二人のみならず、ルカ達や周囲で見物していた兵や民間人が抱いていた令嬢達への隔意もだいぶ薄れつつありました。


 この流れが途切れないうちに早速第二戦……と、行きたいところだったのですが。



「うむ、実に見事な戦いであった。ルグもだいぶ出来るようになったな」


「ん。感心」



 騎士団の訓練場なのだから、騎士団長のシモンがいることに不思議はありませんし、シモンがいるところにライムがいるのも当たり前。どうやら彼らも今の試合を見物していたようです。







 ◆◆◆







「え、こちらの殿方がこの国の王弟殿下?」


「そういえば、レンリお姉様も仰っていたような……」


「私、てっきりお姉様のいつものご冗談とばかり」


「あらあら、こんな格好でどうしましょう」


 ルグ達からシモンを紹介されたお嬢様達は、まあ当然ながら驚きました。

 ルグやルカも最初に知った時には驚いたものですが、平民と貴族とでは意味の受け取り方も少なからず違ってくるもの。自分達の国ではないとはいえ、友好的な隣国の王族相手となれば、それなりの振る舞いをしなければなりません。高度な教育や社交についても厳しく叩き込まれている彼女達にとっては、もはや本能にも近い反応です。



「ううむ、この街でこういうリアクションを見るのは久しぶりだな。首都に戻ったような気分だ……」



 もっともシモン本人としては、首都の社交界で大勢の貴族女性に囲まれる居心地の悪さを思い出してしまうので、気安くフラットな態度のほうが好ましいのですが。



「そなたらはレンリ嬢の友人とな? ふむ、それならば俺の友も同然。公的な場以外では対等な友人として気楽に接して欲しい。いや、社交辞令とかでなく本当にな?」



 シモンがあまり頻繁に帰郷しないのは、騎士団の仕事のせいもありますが、周囲の気遣いをあまり感じないで済む学都や迷宮都市の居心地が良いからという理由も多々あります。人間関係の形というのは一度ガッチリ固まってしまうと後から作り変えるのは容易ではなく、だからこそ、出会って間もない今のうちに念を押しておくのが重要なのです。



「おやおや、いいねぇ。騎士団長のボウヤに小っちゃいエルフの嬢ちゃんも。二人共かなり出来そうだ」



 もっとも、そうした念押しをするまでもなく端から気を遣わない、王侯貴族のそれとはまったく別の価値観に生きる人物もいましたが。



「わくわく」


「お、エルフの嬢ちゃんはイケる口だね? 団長のボウヤはどうだい?」


「む、ご老体。俺は……いや、気遣いは逆に非礼か。一手、御指南願えるだろうか」


「もちろんさ。一手と言わず十手でも百手でも存分にね」



 実際に戦う様子を見ずとも、何気ない姿勢や歩き方、呼吸、重心の置き方、視線の配り方等々を見るだけである程度の実力は察せられるもの。基本的に強ければ強いほど、そうした測りの精度は上がっていきます。

 マギーは少なくとも、ライムが「わくわく」するほどの達人なのでしょう。相手が老婆とあって最初は遠慮していたシモンも、今回は好奇心に身を委ねることにしたようです。



「あの、先生? 私達の試合は?」


「他の奴が戦うのを見るのだって立派な勉強さ。さあ、遊ぼうかね」



 元々、ここで試合を始めた時点からして予定外ではあったのですが、予定はそこから更に外れに外れる流れとなりました。こうして何故だかシモンとライムが、それぞれマギーと一対一で順番に戦うことになってしまったのです。



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