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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
八章『新生勇者伝説』

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レンリの迷宮経営コンサルティング


 朝食を済ませたレンリは、神様との待ち合わせ場所に指定した喫茶店へと向かいました。前回顔を合わせてから約半月ぶりの再会となります。



「やあやあ、まずはこれに目を通してくれたまえ」


『あの、レンリさん? この、やたら分厚い紙束は……』



 再会の挨拶もそこそこにレンリが取り出したるは、百枚を越えようかという分厚い紙束。きちんと製本された書物というわけではありませんが、小さく穴を開けて紐綴じされているので風で飛ばされる心配はないでしょう。



「提案というか意見というか、まあ企画書の類と考えてくれればいいよ」


『企画書?』



 その中身はというと、軽くパラパラとめくってみただけでも細かな文字で埋め尽くされているのが見て取れます。文字だけでなく手書きのグラフや図なども入っており、まるで学術論文か何かのよう。

 まあ内容が何であれ、迷宮都市に来る前から、列車の車内や昨夜の宿でも熱心に書いていたのです。かなりの力作なのは間違いありません。レンリ曰く、この紙束は企画書だということですが。


 

「私自身は商売の専門家ってわけじゃないけど、うちの実家は色んな商会や工房への投資や後援もしてるからね。これでもある程度の勘所は押さえているつもりだよ。私の姉様がそういうのすごく得意でさ」


『は、はあ……商売ですか?』



 急に商売だの投資だの言われても、神様としてはどうにもピンと来ない様子。注文したチョコレートパフェ(※五杯目)を食べるのも忘れて、ぽかんと口を開けています。 

 レンリとしても言葉足らずだった自覚はあるのか、チーズケーキ(※二ホール目)の残りを手早く片付けると説明の続きに移りました。



「ほら、あの迷宮の役割って栄養源になる情報を集めることだろう? 更にその先にはウル君達を完全な神にするとか新しい世界を創るだとかの目的もあるわけだけど、当面の課題は迷宮を育てるための栄養源集め、って理解であってるかい?」


『はい、その通りですけど』


「うん、アレね。全然ダメ。ハッキリ言って今のままじゃ効率が悪い。すごくダメ。論外。もうとにかくダメ」


『ほ、本当にハッキリ言いますね!?』



 レンリの直接的過ぎる意見に女神もビックリしています。

 とはいえ、内容が内容だけに耳を塞ぐこともできません。



「まず私が知る限りで最大の問題点は、七大迷宮なんて謳っておきながら実質的に稼働してるのは前半だけ。それも全入場者の大半、恐らく七割以上は第二迷宮を突破することが出来ていない。第一迷宮の突破率も全体の六割から七割ってところだろう」


『ええまあ、実際そんなところだと思いますけど。ちなみに、その数字はどこから?』


「それくらいなら、学都の冒険者ギルドに出入りしてれば大体分かるさ。迷宮に入る全員がギルド所属の冒険者、もしくはその雇用主ってわけじゃないにしろ、大まかな傾向を測る指標としては十分だろう」



 レンリの推測はほぼ正確に当たっています。

 学都の迷宮には毎日数千もの攻略者が入場していますが、その半数以上が向かうのは誰でも入れる第一迷宮。第二以降の迷宮に向かう人数が千人を超える日はまずありません。



「理由も分からないわけじゃないよ。第三以降の迷宮はなかなか難しい子が多いらしいからね。安全面への配慮は必要だろう。まあ、ヒナ君はもう大丈夫になったわけだけど……だからといって第三迷宮の入場者が増えたわけじゃない」



 迷宮達はなかなかの問題児揃い。

 故に、比較的問題の少ない迷宮から順に配置して、身の安全を自力で確保できる実力者でなければ後半の迷宮に挑めない仕組みになっているわけです。


 たしかに、その仕組みはそれなりに機能しているのでしょう。

 神造迷宮は、自然界の魔力溜まりに発生するような天然モノの迷宮と比べても段違いに安全です。無論、魔物やトラップの被害は全くのゼロではないにせよ、死傷者の発生率は異常とも言える低さ。

 これは迷宮そのものが明確な意思を持って難易度調整やリスクコントロールをしているおかげでもありますし、前述の通り試練によって先に進める者を厳しく選抜しているからでもあります。


 ……が、しかし。



「安全対策は大変結構。でもね、現行の仕組みは無駄が多すぎると言わざるを得ないんだ。一応、これでも最終的には目的を達せられるんだろうし、キミにとっては何十年の時間もあっという間なのかもしれないけど」



 効率良い栄養源の確保。

 すなわち迷宮により多くの人間を引き入れるには、現在の仕組みでは不十分。


 

「で、前置きが長くなったけど、つまり第一以外の迷宮にも誰でも自由に入れるようにすれば効率が良いと思うのだよ。安全対策には別の方策を用意してさ」


『なるほど、まあ確かに言われてみれば』



 今の仕組みのままでも大きな問題があるわけではありません。

 様々な人間の情報を読み取って成長のためのエネルギーを確保する。何年、何十年の時間をかければ最終的に全ての迷宮が覚醒するに足る栄養も溜まるでしょう。

 とはいえ、現在はその役割のほとんどを前半の迷宮が担い、後半の迷宮とも共有しているわけです。これではあまりに不公平というもの。いえ別にウルやゴゴに不満があるわけではないのですが、効率の悪さは否めません。


 必ずしも、長時間に渡る命懸けの冒険である必要はないのです。人間が迷宮に入りさえすれば、そこから情報を読み取って多少なりともエネルギーを得られるのですから。



「現行の仕組みを見直して無駄を削り、宙に浮いている労力や設備を活かして利益の最大化を図る……だからつまり、考え方としてはビジネスと同じようなものなのだよ。扱うものはお金じゃないけどね」


『なるほど、言われてみれば……』



 これはエルフなどの長命種にもしばしば見られることなのですが、あまりにタイムスケールが大きすぎると物事の効率化や時間の節約という考えが疎かになってしまうようなのです。そんなことをいちいち考えずとも、時間というあり余っている資源を注ぎ込めば、いつかは目標に到達できるのですから。



「で、その企画書に思いついたアイデアを色々書いてあるから。別にその企画書の内容を全部そのまま実行しろとは言わないよ。実際にどうにかするのはキミやウル君達なんだし。検討してみて使えそうなのだけ採用すればいいさ」



 神様としても、神造迷宮絡みの大事業を無駄に長引かせたいわけではありません。

 長引けば長引くほどに想定外のトラブルに見舞われる危険も高まります。

 より早くに達成できるなら、それに越したことはないのです。


 それにレンリは珍しく謙遜していますが、パラパラと流し見ただけでも企画書の内容は分かりやすくまとめられており、どのアイデアもよく練り込まれています。よほど熱心に考えたのでしょう。


 

『なんと申しますか……わざわざ、ありがとうございます』


「ははは、お安い御用さ。それに、この前会った時にそちらに協力するって約束したからね。私は約束を守る女なのさ」


『うふふ、でも良い意味で予想外でしたよ。こんなに積極的にお手伝いして下さるなんて』


「ははは、そうかい。そんなに喜んでもらえると頑張った甲斐があるってものさ」


『うふふ』


「ははは」



 この企画書は間違いなく理想の新世界を築く一助となり得ます。

 現時点では無駄な混乱を避けるためにも公表はできませんが、レンリの功績は人類史に名を刻んだ偉人賢人のそれにも劣らないでしょう。


 けれど、それはそれとして……。



「それで、このアイデアの対価についてだけど」



 世の中、ただ美味いだけの話があるはずもなく。



『え…………あの、対価?』


「ああ、こないだ話した時にも言ってたろう? 協力したら相応の対価を支払うって。まさか忘れたとは言わないよね」


『それはそうですけど……その、これはレンリさんの親切というわけでは?』


「ははは、何を馬鹿なことを。ギブアンドテイクはこの世の基本だよ?」



 ギブとテイクは二つ合わせてワンセット。

 相手が神だろうが悪魔だろうが、そこで妥協するレンリではありません。

 先日の昼食会の際の約束。「協力には相応の対価を支払う」という言葉を、レンリは「恩を売れば売っただけ、恩を押し付ければ押し付けただけ、より価値のあるモノを得られる」という風に解釈していたのです。支払いは一度きりとも言われていないので、神様の欲しがるアイデアを思いつけば同様の手口を何度も繰り返すこともできます。


 

『そ、それで、わたくしは何をすれば?』


「なに、簡単なことさ。ちょっと身体で返してもらうだけだから」



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