気配の隠し方講座:超級編&入門編
「ところで、このテントはライムさんの?」
「そう」
ひとしきりからかわれた後、レンリは話題を逸らすかのように、先程まで寝かせられていたテントに視線を向けました。
構造は単純ですが、これでも雨風はしのげますし、なかなか便利そうです。構造も布と支柱に使う棒とロープだけなので、組み立てや解体も難しそうには見えません。
「へえ、便利そう。でも、わざわざ持ち運ぶのは手間だね」
「違う。毎回、持ち運ぶわけではない」
「ああ、そういえばレンは寝てたから見てないんだっけ」
「木の上、から……下ろした、の」
テントの素材は常時持ち運んでいるのではないようです。
断片的なライムの言葉を、ルグとルカが補足しました。
「木の上や地面の下に道具を隠してある」
あらかじめ森の各所に野営道具を置いてあり、その時々の現在地に近い場所にある物を臨機応変に使用しているのだとか。
道中で荷物を持つ負担を減らしながらも利用はできる。
準備に時間と手間がかかるのが難点ですが、何十回何百回も繰り返し入ることが前提の迷宮内であれば、悪くないアイデアかもしれません。
「なるほど。でも、場所を覚えておくのが大変そうだね」
「うん……わ、わたしだったら、忘れちゃう……」
「私も別に全部覚えているわけではない」
まあ、問題点もなくはありません。
森の風景なんていうのはどこも似たようなものですし、隠し場所を忘れてしまったらせっかくの準備が無駄になってしまいます。
しかし、その疑問に対してライムは、
「目印」
と、すぐ目の前の木の枝を指差しました。
よく見ると、枝の一本にハンカチくらいの大きさの青い布が結び付けられています。
「ええと……隠してある場所には、ああやって目印を付けてあるってことかな?」
「そう」
ライムの言葉が少ないので分かりづらいですが、どうやらその理解で正解だったようです。
こうして、正確な隠し場所を忘れても大まかにさえ分かれば、野営道具を見つけられるようにしているのでしょう。
「貴方達は良い人だったから、目印を見つけたら使ってもいい」
「それはありがたい」
そして、ここまでの会話でいつの間にかレンリ達は「良い人」判定を受けていたようです。
「悪い人」だったらどうなっていたかを考えると恐ろしいものがありますが、ひとまずはお礼を述べて厚意を受けることにしました。
「こっち」
テントを片付けた四人は、ライムの先導で森の中を進んでいました。
もう誤解は解けたので別れても問題はなかったのですが、
「お礼にご馳走する」
「お礼? 何かしたっけ?」
「チョコ」
「あ、ああ……チョコのお礼ね」
「ついてきて」
なんでも、先程貰ったチョコレートのお礼がしたいのだとか。
もう本日はまともな探索は出来そうにありませんし(それに、下手に断ったら怖いので)、レンリ達も素直に後ろを付いていきます。
「しかし、こんな風に警戒もせずに魔物とか大丈夫なのか?」
「大丈夫」
特に警戒する様子もないライムにルグが疑問を呈したりもしましたが、
「ここの魔物は、私に気付くと大体逃げていく」
「「「…………」」」
当たり前のように、恐ろしいことを言いました。
食物連鎖の頂点に位置する生物には、警戒の必要すらないということなのでしょうか。
ゴーレムやアンデッドのような非生物系ならともかく、真っ当な動物に近い種類の魔物であれば、ライムの存在に気付いた時点で全速力で逃げ出してしまうのです。
「安全だけど狩りには向かないから普段は気配を消している」
先程のような気配隠しは、獲物に逃げられないように普段からやっているようです。たしかに、山野で狩りをするのなら気配を消すのは必須とも言える技術ではありますが、熟練度がおかしなことになっています。
「それも、どうやってるんだか……」
「こんな感じ」
「いや、そう言われても全く出来る気がしないんだけど」
「ふ、不思議……?」
歩きながら気配のオンオフを目の前で実演してくれましたが、ほとんど動いていないにも関わらず、どうしても一瞬見失ってしまうようです。
最初からそこにいることが分かっていてもコレですから、本気で隠れるつもりならば彼女を発見することは常人には不可能でしょう。
「俺も狩りの時は気配を消してるつもりだけど……なんか、根本的に考え方が違う気がする」
「その通り。正確には気配を消すのではなく環境に溶け込ませる。気配を消しただけだと、気配の薄い場所を違和感として感じられる相手には通用しない」
「達人すぎて理解できない世界だ……」
ライムとしては、この技術は特に秘密でもなんでもないようです。
やり方を聞いたからといって、勿論それだけで出来るようになるワケではありませんが、コツをいくつか教えてくれました。
「生き物の意識は線ではなく点の連続。人でも魔物でもそれは変わらない。ならば、観測者の点と点の隙間を感じ取って入り込めば、どれだけ近くにいても気付かれない」
「む、むずかしい……ね? レ、レンリちゃん……わかる?」
「意識が線ではなく点の連続? 理屈としては合ってる……のかな。でも、どうやってそれを感じ取ってるんだろう?」
説明は受けたものの、あまりに高度すぎて理解が追いつかないようです。
ライムのほうも、教えてすぐに理解できるとは思っていなかったのでしょう。もっと誰にでも出来そうな初歩の部分も教えてくれました。
「最初は足音を立てないことから始めるといい。慣れれば走っても音がしなくなる」
言われた三人は、歩きながら自分達の足下に目を向けました。
野外活動に一日の長があるルグはほぼ足音がありませんが、レンリとルカは意識してそっと歩いても、どうしても音が出てしまうようです。
ちなみにライムの足音は“ほぼ”ではない完全な無音。
どうやっているのか不明ですが、彼女が歩いた地面には足跡すら残っていません。
それから三十分ほど、足音を出さないように歩く練習をしながら一行は進み、
「着いた」
「迷宮の中に小屋?」
森が拓けた場所に建つ木造の小屋に到着しました。
どうやら、ここが目的地のようです。
「どうぞ」
「お、お邪魔します」
レンリ達は招かれるままに、小屋の中へと入りました。
一見すると無敵に思えるかもしれませんが、同格以上の相手ならば発見は可能です。
それに攻撃態勢に入ると大幅に発見されやすくなります(ただし、見えない速さで動かないとは言っていない)。