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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
八章『新生勇者伝説』

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勇者カッコカリ

お待たせしました


 さて、そもそも勇者とはなんだろう?


 読んで字の如く、勇気ある者?

 そう、元々はその程度の意味だったのでしょう。

 特別な血筋だとか並外れた才気だとか、大いなる存在に選ばれたとか、そんなアレコレに関係なく、すべての人は勇者になり得る資質を有している。それも一つの真実ではあります……が、この世界においてはやや事情が異なります。



 ならば、卓越した武芸や魔法の業で、弱き人々を魔物や敵国や、あるいは自然の災害から守る英雄達なら勇者の称号に相応しいのでは?


 魔力や魔法といった現象が実在するこの世界の人間は、その素養と努力次第では強大な竜種にも匹敵する、あるいは凌駕するほどの力を得ることも不可能ではありません。それほどの実力者となると何千・何万人の中から一人出るかどうかという割合であり、決して安楽な道程ではないとしても一応の可能性は開かれています。


 厳しい修行と実戦を重ねて超人的な能力を獲得し、なおかつ、その力を私利私欲のために振るうのではなく、弱き人々を救うために用いることができる。そんな力と徳を兼ね備えた傑物であれば、勇者と呼ばれる資格があるかもしれない。


 なるほど、それも完全な間違いとは言えません……が、ここでもこの世界特有の事情が関係してきます。それらの英雄達がいくら人々の信頼と尊敬を得ようとも、勇者の称号までをも得ることはまずないでしょう。



 鍵となるのは、聖剣。

 聖剣とは現世に出でた神威の徴。

 故に、その担い手たる勇者は神意の代行者と見なされる。

 まあ実際のところはさておき、世間的な認識としては大凡そうなっているのです。


 この世界には、過去二人の勇者が出現しました。

 一人目は、およそ五百年も前。

 当時の魔王が魔族を率いて人間界へと侵攻を図った時のこと。事態は人間達の手に余ると見た神が、当時の人々に勇者召喚の秘術を授け、そして異界より招かれた勇者によって人類は絶滅の瀬戸際から救われました。


 二人目は、今からわずか十数年前のこと。

 地球という世界から若干十代半ばの少女が勇者として招かれました。

 その当時のことについては……まあ、すでに他の場所で語られた通り。なんやかんやと苦労したり頑張ったり、行き当たりばったりな部分や偶然に助けられたことも少なからずあったにせよ、最後には丸く収まったわけです。

 この十年、世界が魔界との交易や多方面での交流で大きく発展し、過去の遺恨を水に流し、双方にとって良好な関係を築けたのも、すべては当時の勇者の功績だということになっています。



 そして、現在。

 三人目の聖剣の担い手、勇者を自称する謎の女性が現れたわけなのですが……勇者を自称する謎の女性は勇者以外に別の肩書も名乗っているわけでして、今はむしろそちらのほうが問題になっていました。大問題に。







 ◆◆◆







「なあなあ、お父さん」


「だから、俺はお父さんじゃないって言ってるだろ……」


 長い長い昼食会が終わった後。

 一行は会場となった料理店を後にして、学都の通りを歩いていました。

 特に目的地があって移動しているわけではないのですが、なにしろ正午から日暮れ近くまでずっと座りっぱなしだったので、皆、座り疲れていたのです。



「むう、それならパパはどうだ? 他にも親父とか父ちゃんとかお父様とか父上とか、どれでも好きな呼ばれ方を選んでくれ。ください」


「いや、呼ばれ方の問題じゃなくてだな! アンタは一体なんなんだよ!」


「なんだと言われてもな。さっきも言ったけど、お父さんとお母さんの子供で勇者だ。今後ともよろしく」



 そして、ルグは別の理由でも疲れていました。

 まあ無理もないでしょう。つい先程初めて会った見知らぬ女性にいきなり父親呼ばわりされて、それはそれは大いに懐かれているのです。

 何を聞いても返ってくるのは先程と同じ答えばかり。答えをはぐらかそうとしてデタラメを言っている……なら、まだマシだったかもしれません。どうやら自称娘の彼女にとって、それは疑いの余地がないような自明の真実である。少なくとも、そう思い込んでいるのは間違いなさそうです。


 ついでに付け加えると、身長150㎝に届かないルグに対して、娘を自称する女性は180㎝に届こうかという長身。手も足もスラっと長く、彼としては無意味に劣等感を刺激されてしまいます。


 ちなみに、ルカは今のところは落ち着いて様子を見ています。

 先刻、見知らぬ美人がルグに抱き着いた時は嫉妬から平静を失いかけてしまいましたが、恋愛的な意味での好意はないというのは少し観察していれば分かりました。

 もっとも、いくらルカが素直だからといって、「娘」の存在をそのまま受け入れることは流石にできませんが。



 けれど、一方。



「あはははは! なかなか立派な娘さんじゃないか」



 最初は一緒に驚いていたものの、別に危険や悪意がないと分かってからは、レンリは無責任に状況を楽しんでいました。信じる信じないはともかく、なにしろ本当に他人事なのだから気楽なものです。



「うんうん、たしかに言われてみればルカ君に似てる気もするな。全然気付かなかったけど、キミ達いつの間に子供なんてこさえたんだい?」


「こさえてねぇよ!」


「う、うん……そういうのは……ま、まだ早いと……」


「へえ、そういうのってどういうのだい?」


「そ、それはっ……その……あぅ……」



 もちろん、そんなことがあるはずないと理解した上でルグ達をからかって遊んでいるだけ。ルグもルカも、少なくとも今はまだ、子供が出来るようなことはしたことがありません。頑張っても手を繋げるかどうかが精一杯という、微笑ましくも健全なお付き合いをしています。


 まあ、レンリとしても本気で困らせる気はありません。

 そのあたりの匙加減はきちんと弁えています。

 それに、からかって遊んだ詫びというわけではありませんが、ちゃんと状況の解明に協力するつもりはあるようです。



「それでキミは……そういえば名前をまだ聞いてなかったっけ。何か深い事情があって言えないなら仕方ないけど、名無しのままじゃ話しにくいな」



 謎の女性はまだ自分の名を名乗っていません。

 その素性について何かしら知っている様子のゴゴも言っていません。

 単に正体を隠したいなら偽名という手もあるはず。

 それなのにあえて名乗らないということは、何か特別な事情があるのでは。そんな発想からの軽いジャブのような質問だったのですが……結論から言うと、これはレンリが必要以上に深読みしすぎただけでした。



「いや、別に深い事情とかはないぞ? 単に、まだ自分の名前が決まってないだけで」


「言えないんじゃなくて、決まってない?」


「うん、なにしろ昨日の夜にわたしが生まれてから一日も経ってないしな。まだ良い名前を思いついてないんだ」


「ん、んん?」


「今朝から練習して言葉は喋れるようになったけど、わたしもまだそういうセンスの良し悪しっていうのはピンとこないしな。ゴゴもネーミングセンスにはあまり自信がないから、って」



 レンリがその可能性に思い至らなかったのも無理はありません。

 本当の名前を隠そうとして名乗らないのではなく、そもそもの名前自体がまだないなどというのは完全な想定外。生まれたての赤ん坊でもなければ、そんなことはまずあり得ないはず……いえ、本人の弁を信じるならば、この二十歳前後に見える人物はまだ生後一日にも満たないらしいのですが。


 ですが、ここでゴゴの名前が出たことで皆の注目は謎の女性から彼女に移りました。ゴゴは先程店を出てからずっと気配を殺して、声を発することもなく、一番後ろを歩いています。

 そんな振る舞いも、よくよく考えればいかにも不自然。

 迷宮達の中でも特に聡明で礼儀正しいゴゴらしくありません。

 なるべく目立たずに今の状況をやりすごしたい。できれば気付かれぬうちにこの場を離れたい……なんて思惑が感じられてしまっても仕方のないことでしょう。



「おい、ゴゴ? ちょっと聞きたいことがあるんだが」

 

「ゴゴ、ちゃん……あの、ね?」


『ええまあ、我も本気で誤魔化せるとは思ってませんでしたけど……』



 特に「両親」の二人としては一刻も早く事情を知りたいところです。

 ルグとルカの言外の圧力に屈したゴゴは、かつてないほど気重そうな表情でぽつりぽつりと自称「勇者」兼「娘」の彼女の正体について語り始めました。






◆◆◆◆◆◆




《おまけ・勇者を自称する不審者》


挿絵(By みてみん)




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