我輩は猫ではない。にゃー
斯くして、一同は神造迷宮の真の目的を知るに至りました。
新たな神々を生み出すことによる世界の終わりと改編。
本当に可能なのか?
可能だとしてもリスクはないのか?
今回語られたことが本当に計画の全てなのか?
口に出さないまでも疑問は尽きず。
さりとて否定する材料も持たず。
もし本当に誰もが幸せに暮らせる世界が実現するなら、それは非常に素晴らしいこと。だけれど、ここまでの話を聞いてなお、あまりに途方もなく現実味も感じられない。現時点で実現性の可否を判断するのは難しいというのが皆の本音でしょう。
とはいえ、今この場で協力するかどうかの判断を強いられているわけではありません。一旦解散し、日を改めて返事をすることもできました。
『あらあら、皆さん。どうもありがとうございます』
しかし、結局は集まった全員が計画に協力すると答えました。
日を改めたところで判断材料が増えるとも思えません。
それに、これはあくまで皆の直感によるものですが、ここまでの神様の言葉に嘘はないように思われたのです。本当のことを全部喋ったとは思わずとも、本気で今より良い世界を創ろうとしているのだと、そう感じていました。
「世界がどうとかは別にいいんだけど、その完全な神々っていうのは是非とも描いてみたいな。将来的にこの子達にモデルを頼んでみたいんだけど、いいかな?」
『それくらいならいいんじゃないですか? 恥ずかしがりの子も、わたくしから頼めば断らないと思いますし』
「やった、言質取った! よし、どうせなら裸に剥いて滅茶苦茶えぐいポーズでも取ってもらおうかな。げっへっへ」
『……あの、出来れば公序良俗に反さない程度で』
ちなみに、ずっとマイペースに飲み食いを続けていたタイムも、話半分くらいで話を耳に入れてはいたようです。どさくさ紛れにとんでもない権利を獲得していました。
口を開かなければ彼女自身も見目麗しい美女なのですが、言っている内容はどこぞの助平親父も同然。あくまで芸術の追及だけが目的で他意はないのですが、ウルやヒナは明らかに怯えています。
『モデルの件はともかく、他の皆さんにも役割相応の対価をお渡しするつもりではありますので。流石にどんな願いでも無制限に叶えるとはいきませんが、何がいいか考えておいてくださいな』
かなりの大盤振る舞いではありますが、これは要するに無償の善意よりも然るべき対価を支払う利害関係のほうが安心できるということなのでしょう。
いずれにせよ、まだ各々の具体的な役割も決まっていません。何を願うのかを考える時間も必要です。報酬に関して本格的に考えるのは次の機会になりそうです。
『では、本日はこれでお開きでしょうか?』
ともあれ、これにて此度の説明会兼昼食会はようやく終了。
始まったのは正午だというのに、お茶の時間もだいぶ過ぎています。
『わたくしは、というかこの身体の持ち主は結構忙しい身でして、もう夕方の列車で帰らないといけないのですよ』
どうやら忙しいというのは本当のようです。
僅か一時間後には帰りの列車が出てしまうのだとか。街の北側から南の端まで移動するのですから、今から辻馬車を拾って駅に直行しても時間ギリギリでしょう。
『それでは皆様、ごきげんよう!』
そう言い残すと、神様は振り返りもせずに慌ただしく去って行きました。
◆◆◆
そして、去って行った直後に再び扉が開きました。
この期に及んで言い残しでもあったのか、それとも忘れ物でもしたのかと皆は一瞬思いかけ……直後に思い直しました。部屋に入ってきた人物は、今出て行った神様とは似ても似つかぬ別人だったのです。
180㎝に届こうかという、女性としてはかなりの長身。
年齢は顔立ちからして推定二十歳前後。
薄い紫色の髪を肩下あたりの高さに揃えています。
服装はごく普通のシャツに長ズボンという特徴のないものですが、無駄のない立ち姿や細身ながらもしなやかな力強さを感じさせる筋肉の付き方は只者ではありません。
この料理店のスタッフでないのは当然として、他の客が部屋を間違えたという風でもありません。何故それが分かるのかというと、
「ゴゴ、ここにいたのか」
『……あのですね、大人しく待っているように言っておいたでしょう?』
「飽きた。あとお腹が空いた。なので、お小遣いをください」
どうやら、ゴゴの知り合いのようなのです。
それも決して険悪ではない親しい仲のように思われます。
「ゴゴ君の知り合いかい?」
『ええまあ、ちょっと説明が難しいのですが……』
「うん、はじめまして知らない人。だが、ごめんなさい知らない人。わたしの名前はワケあって明かせないのだ。我輩は人である、名前はまだない。にゃー」
レンリが尋ねてみましたが、ゴゴは聡明な彼女らしくもなく答えにくそうにしています。一方、謎の女性本人はというと意味の分からないことを言うばかり。
意味不明なのは発言だけではありません。
謎の女性はふと何かに気付いたように室内をキョロキョロ見渡すと、隅のほうの席に座っていたルグに目を留めました。そして誰一人として止める間もなく、
「くんくんくん……分かるぞ、この男の子か。あっはっは、小さくて可愛いな」
「え、な、何だ……止めっ!?」
彼の頭を己の胸に押し当てるように抱きしめたのです。自然、ルグは口や鼻をふさがれる形になり、苦しそうにじたばたと抵抗しています。
「……え!? わ、わたしの……取っちゃ……だ、駄目!」
当然、ルカとしては見逃せません。
思わず手加減も忘れて謎の女性を彼から引きはがそうと掴みかかり、次の瞬間には自分の怪力のことを思い出して慌てて手を引っ込めようとして……その次の瞬間には更なる驚きが待っていました。
「おお、凄いパワーだな。あはははは、びっくりだ」
「え……無事? ……それに……これ、はっ」
ルカが気付いた時には掴みかかった両手が真正面から相手と手四つの形に組まれており、押しても引いても瞬時に同等の力が加えられ、結果、手を組み合った位置からピクリとも動かせなくなっているのです。
同等以上のパワーだけでなく、ルカの動きを寸分違わず見切って一瞬早く動かなければ、こんな芸当は不可能です。これに近いことならライムにも出来るかもしれませんが、いくらルカが押そうが引こうが手の位置をピクリとも動かさないというのは無理でしょう。
単なる力自慢ではなく、凄まじい技量を有した達人。
もし謎の女性がこのままルカに危害を加える気なら、この部屋にいるシモンやライム、神の力を得たウルやヒナ、そして当然ルグも黙っているつもりはありません。
「うん、楽しかったぞ。ありがとうございました」
「え、は、はい……どうも?」
が、一同の心配とは裏腹にほんの三十秒足らずでルカは解放されました。自分と互角以上の怪力に驚いてはいても、特に怪我を負ったりもしていないようです。
いきなりルグに抱き着いたのは驚いたけれど、どうやら敵意や悪意はないらしい。それどころか純粋な好意を向けられているようだ。間違いなく初対面の相手なのに、ルカは直感的にそう確信していました。同時に、正体不明の違和感があるとも。
「ん、んー? ねえ、もしかして今一緒に住んでる以外の家族とか親戚とかいる?」
「タイム、さん……? いえ……いない、はず……ですけど」
「そうなの? おかしいなぁ。そりゃ身長は違うけど、頭蓋骨とか手の骨の形とか、双子かってくらい似てるのに」
奇妙な違和感を抱いていたのはルカだけではありません。
タイムは謎の女性がルカの親戚なのではないかと疑っているようです。
しかし、現在同居している家族以外にアルバトロス一家の縁者は存在しません。少なくともルカの知る限りでは。
そもそも、薄紫の髪色だけはそっくりですが二人の印象はまるで別物。
長身の女性と比べてルカの身長は同年代の平均程度ですし、それ以前に身に纏う雰囲気がまるで違います。内向的でおとなしい印象のルカと、まだ詳しくは分からずとも明らかに陽性の気配を持つ女性。普通に考えれば似ているどころか正反対です。
それはつまり、この二人を見比べてそっくりだという印象を抱いたタイムの画家としての観察眼は、相当に大したものだったということなのでしょう。
「さっきはいきなり抱き着いて悪かった。ごめんなさい」
「あ、ああ、俺は別に……」
「お母さんも悪かった。わたしはお父さんを取ったりしないので安心してほしい」
「う、うん…………うん? え、おと……おか? え?」
謎の女性はルグを指差して、
「お父さん」
続いてルカを指差して、
「お母さん」
と、呼びました。
事情を知っているらしいゴゴが頭を抱えています。
謎の女性は驚いて固まっている一同を気にする素振りもなく、マイペースに自己紹介を始めました。
「何を隠そう、わたしは世界の平和を守るために未来の世界からやってきた勇者……いや、ごめんなさい。盛り上げようと思って少し話を盛った。未来の世界というのは嘘だ……でも全部嘘ではない、と思う。多分、ちょっと本当。我輩はお父さんとお母さんの子供で、ついでに勇者である。名前はまだない。にゃー」
◆これでようやく今章も終わりです。またいつものようにレストランのほうをちょっと更新して、アカデミアの次章は八月中に始めらたら、と。アカデミアは一章の長さが大体六十話くらいなので次章で五百話に届きそうですな。
◆作品名にサブタイトルを付けてみました。もしかしたら今後消すか変更するかもしれません。近日中にあらすじにも手を加えてみようかと思います。
◆感想、レビュー、評価、読了ツイート、ネット・リアルを問わずの宣伝協力等々、どしどし遠慮なく軽率にしていただけると幸いです。マジで。




