後始末と秘密の招待状
そして、長い長い夜が明けました。
一見すると昨日までと何も変わらぬ街の風景。そうと知らなければ街が、いえ国が滅びてもおかしくないほどの大事件が起こったなどと想像することもできないでしょう。
事実、昨夜早めに就寝していた者や、ずっと迷宮に入っていて朝方になって出てきた攻略者などは半信半疑の様子です。今朝になって発行された新聞には件の事件のことが怪生物の写真付きで掲載されていたのですが、それを見てさえ信じる者は半々といったところ。
まあ、信じられないのも無理はありません。
なにしろ、実際にあの場にいた人間でさえ夢か集団幻覚にかかったような心持ちなのです。一度は跡形もなくなった街は完璧に元通り。騎士団が戦っていた街の西側も、建設中の建物が倒壊して資材やら何やらも戦闘の余波で大半破壊されていたはずが、まるで異常などなかったかのよう。
怪我人は少なからずいましたが、いずれも軽傷ばかり。
昨日のうちに騎士団の治癒術師に治療され、ほとんどの者はもうピンピンしています。
その際に使用された医薬品の消耗や武具の破損についても、精々、ちょっと過激な訓練をした程度のもの。援軍の冒険者達についても、緊急依頼の報酬金で装備の修理や新調分の代金は十分に賄えるはずです。
終わってみれば奇跡的に死者は出ず、金銭面での損失や物的被害も軽微。
もちろん、被害など少なければ少ないだけ良いものです。良いものなのです、が。
「こんなの報告書にどう書けというのだ……」
昨夜の戦いからそのまま徹夜で事後作業に当たっていたシモンは、疲れた頭と痛む胃を抱えて唸っていました。それもこれも全ては昨日の『アレ』が原因です。
危険な生き物が襲ってきたので応戦しました。
その生き物の正体は分かりません。
街や国が滅びかねない事態になって、実際、一度は街が丸ごと更地になったけれど、最後には全部元通りになりました。
こんな内容の報告を首都に送ったりすれば、ふざけていると思われればまだマシで、下手をすれば重度の精神異常を疑われかねません。
とはいえ、表面上は変化がないのを良いことに事件そのものを握り潰すというのも悪手。
迷宮達の協力もあって怪生物を撃破することはできたけれど、『アレ』の正体は何ひとつ分かっていないのです。ならば、いつどこに同種の生物が再出現しないとも限りません。そうなれば今回の戦いの記録は貴重な手がかりになり得ます。
「ううむ……む?」
シモンが書類を睨んでいると、執務室の窓をコンコンとノックする音が聞こえてきました。執務室があるのは建物の四階なのですが、彼女の感覚では玄関口と大して変わらないのでしょう。
「おお、ライムか。昨日は世話になったな」
「ん。お安い御用」
窓の外にはライムがいました。
どうやら壁面の僅かな凹凸を頼りに、指の力だけで身体を支えて下から登ってきたようです。
「これ。食べて」
「ほう、サンドイッチに果物か。助かる。少しは落ち着いてきたが、昨日からロクに飯を食う暇もなくてな」
「忙しくても食事を抜くのは駄目」
「それは……うむ、その通りだな。どうも疲れで視野が狭まっていたようだ。せっかくだ、コーヒーでも淹れてくるから一緒にどうだ?」
「ん」
ライムが肩掛け鞄から取り出したのは自作の朝食。
どうせ、シモンは忙しくてまともな食事をしていないだろうと見越して、サンドイッチやカットフルーツなど食べやすい物を用意してきたのです。
空きっ腹を抱えたままでは頭も回りません。
シモンはありがたく厚意に甘えることにしました。
「うむ、美味い。ライムの料理も随分上達したな。こっちの分野なら、もうそろそろ師匠超えが出来るのではないか?」
「まだまだ。もっと上手くなる」
「ははは、それは楽しみだな。味見役なら毎日でも任せてくれ」
「……毎日。うん」
どうして料理の腕を上げたいのか、という理由にまで考えが及ばないのは相変わらず。ライムとしては残念な気持ちがありつつも、作った物を喜んで食べてくれるのが嬉しくもあり。つまりは、いつもと変わらぬ二人のやり取りです。
朝食を食べ終え、コーヒーの香りを楽しみ、シモンもすっかり気力を取り戻しました。そして食事を終えるのを見計らっていたのか、
「シモン。これ」
「む、手紙?」
「来る途中で頼まれた」
ライムが一通の手紙を差し出しました。
封筒に差出人の名前はありません。
シモンが封を切って中身を取り出すと、
『説明会のお知らせ。この手紙を読んだ皆様だけを特別にご招待させていただきます。貴方もこの世界に隠された秘密(※具体的には昨日のアレとか)に触れてみませんか? 会費無料。開催場所と日程については裏面をご覧ください。なお、この手紙は読み終わった時点で自動的に消滅します』
このような怪しさ極まる文章が目に飛び込んできました。




