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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
七章『終末論・救世機関』

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事件の終わりと剣の担い手


 光が、空を貫いた。


 この街や土地そのものがヒナの能力によって融け、天に位置する脅威を完全に打ち砕いたのです。極限まで加速された超質量の攻撃は、空のほとんどを覆い隠す巨体を押し返し、その過程で再生不可能なほど微塵に砕きながら宇宙空間にまで至りました。


 攻撃の余波として生じた暴風は、大気自体が液化されて地上にまでは届きません。後に残るのは耳が痛いほどの静寂と普段と変わらぬ星空。



「た、助かったのか?」


「でも街が……いやまあ、潰されて死ぬよりゃいいけど」


「ああ、生きてさえいればなんとかなる……よな」



 そして、見渡す限りの荒野と化した街並み。

 怪物に押し潰されて死ぬことに比べたら生きているだけで万々歳。

 とはいえ、この状況で生き残ったことを喜ぶというのも難しい。なにしろ家も家財もなくなって今夜寝る場所すらないのです。今は、まだ。



『大丈夫よ。言ったでしょ、ちゃんと元通りにするって』



 今のヒナにかかれば、宇宙空間にまで届いた水の弾丸を引き戻すくらいは容易いこと。先の戦いの最中、液体へと変ずるまでの数秒で街中の何もかもの配置も正確に記録しています。液体として混ざり合い、傍目には判別がつかなくなった物品を元通りの位置へと戻すことも決して不可能ではありません。


 結果、雨のようにして降ってきた液体が、元の姿を取り戻すと同時に元あった位置へ。家々も、商店も、家財や商品、学都を囲む市壁や先程まで下の地面がむき出しになっていた石畳も元通り。

 学都市街においても大河の水や船舶、列車の通る鉄橋、自然の木々や、新市街の建築資材もほとんど全てが元の位置に。



『壊れてた建物とかはサービスで直しておいたわ』



 元々、騎士団や冒険者が戦っていた街の西側では、増殖する怪物や攻撃の余波で建築中の建物が見る影もなく壊れてしまっていましたが、それすらもほとんど元通りに。液化する前から壊れていた物に関してはヒナも本来の形状を把握していませんでしたが、細かい部分はそれっぽくアレンジを加えて形を整えていました。


 そうして街の内外を元通りにするまでに要した時間は三十分ほど。

 まるで地面から湧いて出たように街の風景は元通りになっています。



『ふぅ、戦ってる時間より長くかかっちゃった』



 ずっと街の中央広場で能力を行使していたヒナは、流石に少し疲れた様子ですがまだまだ元気。そもそも彼女達の肉体には疲れるという機能がないので、その疲労もあくまで精神的なものですが。



『多分、全部元通りになってるはずだけど、変な風になってるところがあったら直すから我に言ってね。今ここにいない人達にも伝えてあげて』


「「「はっ! ヒナ様の仰せの通りに!」」」


『ええと、なんで「様」なの? それと、どうして我の名前を?』


「なんでって、ヒナ君気付いてないのかい? ああ、名前は私が教えたんだけどね。正直、早まったかも」



 まあ、しいて言うならまったく問題がないわけでもありません。

 神話的という表現ですら足りないような超常の戦いで街を守り抜き、そして一度は跡形もなくなった街を元通りにしたヒナを見て、住人達の一部が変な信仰に目覚めていました。街を融かしたのもヒナなので、見方によってはマッチポンプみたいな感じになってしまっていますが。



「おお、あの御方は間違いない! ちょっと前に俺の顔を蹴った、いや、蹴ってくれた子だ!」


「なに? なんと羨ましい!」


「そういえば、俺も随分前に頭を殴られたことがある」


「えっ、いいなぁ! ヒナ様、私も叩いて下さい!」


「僕も!」「ワシも!」



 繰り返します。

 住人の一部が変な信仰に目覚めていました。

 決して、変な性癖に、ではなく。



『あ、もしかして、あの時の? その、前は突然痛いことをしてごめんなさい』


「そんなことは、どうでもいいんです! 申し訳ないと思うなら、死なない程度にもう一度殴ってください! さあ早く!」


「あっ、抜け駆けはズルいぞ!」


『え、あの? ……え?』



 ヒナとしては戸惑うばかり。

 以前、街に出た時に傷つけてしまった者も何人かいて、この機会に謝ろうとしたのですが、むしろ追加で殴ってくれと言われる始末。ヒナから殴られたことが一種のステータスにすらなってしまっています。



「ほらそこ、拝むのはいいけどお触りは厳禁だよ!」


『あらあら、ヒナは人気者ですねぇ。わたくしも鼻が高いです』


『あはは……どうしよう、これ?』



 一難去ってまた一難。

 今度は相手を倒すわけにもいかず、ヒナは困ったような笑みを浮かべるばかりでありました。








 ◆◆◆







 そんな彼女達の頭上。

 学都中央に突き立つ聖杖の天辺にて。



『ふむ、これで一件落着ですか』


「…………」



 金の髪に白い衣という格好のゴゴと、もう一人。

 ローブで全身を覆った人物が並び立っていました。



『我々はまったくの無駄足でしたね。外が危なそうだったから、かなり無理をして貴方に来てもらったんですけど。まあ、無事に済んだならそれに越したことは――』


「……ちがう。まだ上に」


『上? ああ、なるほど。まったくしぶといですね』



 ローブの人物が指さしたのは遥か上空。

 ほとんど宇宙空間に近いような高高度で、全身を砕かれながらも辛うじて完全消滅より前に増殖を果たした新たな『ソレ』が空間を漂っていました。



『もしまた落ちてきても姉さんとヒナだけでなんとか出来そうですけど、勝利の喜びに水を差すのもなんですし……それに、せっかく来たんです。貴方も身体を動かしたいでしょう?』



 言い終えると同時にゴゴは身体を金色に輝く剣へと変じました。

 以前にレンリ達に見せたような手足や髪だけの変化でなく全身を一振りの聖剣へ。そして聖剣の担い手、すなわち『勇者』は軽く跳躍すると瞬く間に雲を突き抜け、狙った高度にまで到達。



「……」


『はい、お疲れ様でした』



 高高度を漂っていた怪物を、今度こそは増殖も逃亡も巨大化も許さぬ速さで丁寧かつ迅速に切り刻み、人知れずこの一連の事件を終わらせたのでした。


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