怒れ! 怒れ! 怒れ!
学都中央近くの路地にて。
『うふふ、わざわざ足を運んだ甲斐がありました。どうやら開花したようですね』
「へえ。開花、って何のことだい? 言葉の感じからするとヒナ君に関することみたいだけど」
神様とレンリが頭上を見上げながら、こんな話をしていました。
街の上空にはヒナの姿が。人々の声援を受け始めてから格段に力強く大量の水を打ち上げて、巨大な怪物を上空に押し返しつつあります。
「さっきまでも凄かったけど、今は更に段違いだ。状況からするに、そこらの人達が彼女を応援し始めてから急激に力を増したみたいだけど、あの急なパワーアップは単に精神的な後押しを受けて気合が入っただけではないと?」
未だ疑問は尽きません。
というよりも、今回の戦いに関しては何もかも分からないことだらけです。
怪物の正体。
ヒナやウルのパワーアップの原因。
怪物が彼女達を取り込んだり、逆にウルが怪物を吸収できた理由。まあ、レンリはまだウルが関係する情報の多くを把握していないのですが、それはそうと。
『後でちゃんと説明しますよ。それよりも今は、ほら、あの子から目を逸らさないほうがいいですよ。こんな光景、滅多に見れるものではありませんから』
優先すべきは謎の解明よりも事態の解決。
この長かった戦いも、もう間もなく決着を見ようとしていました。
◆◆◆
『力が、こんなに……すごい……』
どうしてこんなにも力が湧いてくるのか。
ヒナ自身ですら理由は分かっていません。
人々の応援を受けて折れかけていた心が立ち直った。
そんな意味合いももちろんあるけれど、それだけでも嬉しくて泣いてしまいそうなほどだけど……ただ精神的な状態が変化しただけのことで、これまでの迷宮の性能限界を何十倍も超過する出力を発揮できるものなのか。そこに疑問がないはずもありません。
『これなら、行ける!』
ただ、そんな疑問よりもずっと大事なのことがある。
この手に街を守るに足る力がある。もしも、この力が蝋燭が燃え尽きる前の最期の煌めきだとしても構わない。何を引き換えにしても、自分を信じて祈ってくれる人々だけは絶対に救ってみせる。
もっとも、そんな覚悟とは裏腹にいくら攻撃の出力を上げてもヒナにはまだまだ余力が感じられます。まだまだ、もっともっと、望めば望んだだけ無限に力が湧いてくるかのようです。
更に、この局面で街を守ろうと動いたのはヒナだけではありません。
『やばいの! 我も結構頑張ったのに、このままだと最後に良いとこを持ってかれちゃうの! せーの……ふーっ!』
上空の怪物へ向けて、まるで極大のレーザービームのような超高熱のドラゴンブレスが放たれました。ウルが自身の髪の毛や手足を何百頭もの巨竜へと変化させ、一斉に魔力の息吹による攻撃を撃ち込んだのです。
先程までの地上戦では同士討ちの危険があって(そして食べる部分が消滅してしまうので)使えませんでしたが、敵が遮蔽物のない上空にいるのなら、ウルも遠慮なく全力の攻撃ができます。
『ウルお姉ちゃん、そんなところにいたのね。元気そうで良かった』
『ふっふっふ、我は無敵なのよ!』
姉妹の合体攻撃で怪物は一気に何千mも上空へ。今や何億トンになるかも分からない巨体も、これほどの攻撃を受けては羽毛のように翻弄されるばかりです。
――そして。
『ごめんなさい! 後でちゃんと元通りにするから、今だけちょっと貸して!』
演算・記憶能力も数分前とは段違い。今ならばこんなことも出来そうだと、実行に移すよりも前からヒナには確信がありました。
「見ろ、街が!」
「街中の建物に、道に……えっ、嘘だろ!?」
ほんの数秒。
その短時間で街中の家々や、店や、他の様々な建物や、乗り物や、置いてある商品や、地面や、生きた人間や動物を除くおよそありとあらゆる物質がドロドロに融け、数多くの建物がひしめき合っていた街は一瞬にして何もない更地になり……そして、液体化の影響は街中だけに収まりません。
戦場と化していた街の西側の大地や取り残されていた建築資材、北方の大森林や、東の河にかかる鉄橋や人の乗っていない船舶や、他にも目についた全てを――――融かして、融かして、跡形もなく融かし尽くして、
『何だか知らないけど、こんなところに落ちてきてるんじゃないわよ!』
怒る。
怒りを燃やす。
守護るために怒る。
理不尽に対して怒る。
住人達の代わりに怒る。
我を忘れるのではなく、理性で怒る。
これまでと違って、自分の意思で望んで怒る。
ヒナの怒りに呼応するかのように、液化した膨大な質量全てが加速して、加速して、加速する。音速の十倍、百倍、千倍……もしかしたら、もっともっと速く。
『宇宙の果てまで飛んできなさい!』
文字通りに街の全てを弾丸と化し、頭上の怪物へと撃ち放ちました。




