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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
七章『終末論・救世機関』

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見上げてごらん、夜空の星を



 自分の迷宮の外であるにも関わらず絶好調のウル。

 長く伸ばした髪を植物の根のような形へと変じると、見上げるように巨大な怪生物から養分を吸い始めました。時折、怪生物のほうからも黒針が伸びてきて突き刺さり、逆にウルのエネルギーを吸われてもいるのですが、



「ほっ、と。大丈夫か?」


『おお、ありがとなの』



 近くに控えていたルグが、彼女に刺さっている針を切断しました。

 ウルと怪物達との、互いを吸収しようとする能力はほぼ互角。

 しかし、そこに人間達の助力が加われば形成はウル側に傾きます。



『皆のおかげで食べやすくなったの』



 次々と伸ばされる針を防ぎ、あるいは刺さった後で切断し、ウルのエネルギーを奪われないようにする。かたや怪物側には攻撃を防ぐだけの能力はないようです。

 外見は普通の植物のように見えますが、ウルの髪が変化した根は金属のような強靭さ。たとえ斧で切りつけたとしても簡単には切断できないような武器が髪の毛の数だけあるのです。先端は槍のように鋭く、また一本一本が力強い。タフな怪物の肉体の奥までも深々と抉っています。



『うん、やっぱり美味しいの!』



 そして数分後。

 怪物のうちの一体が跡形もなく吸い尽くされました。



「よし、行けるぞ!」


「ここが攻め時だ、このまま押し切れ!」



 更に、別の個体が人間達の攻撃によって微塵に削られて消滅。

 ウルに養分を奪われているからか、再生、増殖、サイズの変化にも影響が出ているようです。まだ家屋ほどの巨体が二十体以上も残っており、攻め手が緩むと数が増えることに違いはない。まだまだ油断はできませんが、倒すペースが増えるペースをはっきり上回ったのは確実。勝ち戦の常で戦士達の士気も大いに上がっています。



『次は別の食べ方を試してみようかしら』



 ウルの調子はますます上がる一方。

 両手の指先に意識を集中させたと思ったら、



『さあ、行ってくるの!』



 十指のそれぞれが巨大な鷲に姿を変えて怪物達へと飛翔。その肉を啄み始めました。その頃にはもうウルの指は新しく生え揃っています。



『うんうん、食べ方を変えてみるのは我ながら良いアイデアだったのよ。魔法でちょっと焼けたとこも香ばしくて美味しいし。あっ、そこの魔法使いの人、次はあの辺をミディアムに焼いてくださいな』



 もはや戦いということも忘れ、自分がやられたことの恨みも忘れ、ただ純粋に食事を楽しんでいるかのよう。まあウルが大活躍しているのは間違いありませんし、ならば彼女の食欲が落ちないようにするのが現状最良の戦略。魔法使い達も彼女の好みの味になるように指示された通り怪物を燃やしたり凍らせたりしていました。


 戦いが進むごとにウルはパワーアップしていく一方、怪物達は食事と攻撃によって数を減らしていくばかり。時が経つにつれて戦況の傾きはますます大きくなり……そして、数十分後。



「よし、これであと一体だけだ!」


「皆の者、最後のひと踏ん張りだ! ウル、頼む!」



 あれほどいた怪物も残り一体。シモンの声にウルが応えて、最後は自分の身体で真正面からぶつかっていきました。



『これで最後なのは残念だけど……』



 ここで全部食べ切ってしまえば、もう品切れ。

 正直、ウルとしては名残惜しい気持ちもありますが、流石に残しておくわけにはいかないことくらい分かります。放っておけばたちまち一体が二体になり、二体が四体になり、丸一日もすれば何千何万にまでなるか分かったものではありません。そうなったら今度こそ街が圧し潰されてしまいます。



『せめて最後はよく味わって――なの!?』



 それは、もしかしたら怪物の悪あがきだったのか。

 これまで倒してきた中でも最大級の大きさのソレが、


 ばんっ!


 地を揺るがす轟音と共に爆発したのです。








 ◆◆◆








「各隊、被害の確認を急げ!」


 凄まじい衝撃と轟音。

 人が地面を転がっていき、大量の土煙が舞い上がり、一瞬にして視界が閉ざされました……が、突然のことでほとんど対処ができていなかったにも関わらず、被害といえばその程度。



「団長、全隊の無事を確認しました」


「冒険者連中も、怪我はしてても死んじゃいないみたいです」


「そうか、それは何よりだが……」



 土煙が晴れて視界が開いた時には、怪物がいた場所は地面が大きく抉れているだけで何もいませんでした。状況的には窮地に陥った怪物が自爆したと見るべきですが、



「自爆、か? それにしては……」



 軽傷者は多数いるものの、死者はなし。

 ここまでの戦闘と最後の爆発で、工事が進みつつあった新市街一帯が荒れ果ててしまいましたが、まだ取り返しがつく範囲の被害と言えるでしょう。


 脅威の大きさに対して被害が少なすぎる。本来は喜ぶべきことですが、シモンは何か大きな違和感のようなものを感じていました。



『みんな、上なの!』


「ウル? 空に何が……な、あれは!」



 そして、彼の危惧はすぐに現実のものとなりました。


 時刻はすでに夜。

 そして本日は雲のほとんどない天気。

 夕方頃からもう何時間も戦い続けているのです。

 空を見上げれば月や星々が見られるはず。


 が、見えませんでした。


 正確には全く見えないわけではありませんが、直上を中心とした一定範囲にあるはずの星々が見えないのです。雲などではない何か、黒く大きなモノの影に遮られて。

 しかも、その影は見る見る間に大きさを増しています。

 やがてそれは、夜空の大半を覆うまでの大きさになり……。



「ば、馬鹿な……」



 先程の爆発。

 あれは自爆ではなく、そもそも攻撃ですらなかった。爆発による被害が少なかったのも、その威力の大半を移動のための推進力に用いたからだったのでしょう。


 怪物の肉体の一部のみ、それこそ再生可能な最低限の大きさだけを爆発によって遥か上空にまで、この惑星の引力を振り切らないギリギリの高度まで打ち上げ、空中で再生。そして巨大化。

 増殖まではしていませんが、そんなものは何の救いにもなりません。むしろ増殖に回すエネルギーを巨大化に注いでいるのか、その大きさはこれまでの中で最も大きな個体の何倍か何十倍か。質量となると先程までの何千倍でも済まないでしょう。


 そんなモノが今まさに隕石のように落下しつつあるのです。

 しかも、怪物が落ちる先はこの戦場ではなく、



『街が危ないの!』


 

 巨大な影が一直線に向かうのは学都の中心。

 そこに突き立つ聖杖と、杖が繋ぎ止めている迷宮群。

 世界の在り方を歪める物を打ち砕かんと『ソレ』は、かつて偉大な存在だった者の残滓は、今まさに地に堕ち――。



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