もぐもぐ、むしゃむしゃ
半身を取り込まれたままのウルが、そのままの状態で自分を取り込んでいる怪生物に噛みつきました。最初はただの攻撃のつもりで、食べる気まではなかったようなのですが、
『すごく美味しいの! やめられない止まらない、なの!』
もぐもぐ。
むしゃむしゃ。
ばくばく。
ごくん。
もはや自分の状態も忘れて口を動かすことに必死です。
「ほ、本当に……おいしい、の?」
『まったりとして、こってりとして、それでいてさっぱりとしてるの!』
「そう」
外観はともかく、味は本当に美味しいのかもしれない。
そう思ったライムが、刃物のような貫き手で怪物の肉を小さく抉り、塵になって消滅する前に口に運んでみたのですけれど……。
「……………………まずい」
まるで粘土を食べているかのような味と不快な食感。
あまり食べ物の好き嫌いがないライムが「まずい」と言うなど余程のこと。どうやら毒があるという風ではなさそうですが、ただひたすら純粋に、とんでもなくまずいようです。
「ぺっぺっ、こりゃまずい!」
「そんなにまずいのか? どれどれ……うん、まずい!」
「ほほう……なるほど、まずい! もう一口!」
騒ぎを聞きつけた戦士達のうち、興味を持った物好きが数人ほど試しに味見をしてみたのですが、とても食べられたものではありません。
『あれ、そうなの?』
どうやら、美味しく感じるのはウルだけのよう。
普段の食の嗜好は普通の人間とさして違いませんし、彼女が特別に味オンチだということはないはずなのですが。
『まあ、いいの。それなら我がコレ全部を独り占めしても文句は出なさそうだし』
「いや、独り占めって……」
仮に、数十体もの怪物をウルが全部食べ尽くせるならそれに越したことはないのですが、流石に彼女の小さい身体に収まりそうもありません。相手の大きさがコロコロ変わるとはいえ、最低でも直径1mほど、大きい状態だと直径100m近くにもなるのです。総質量は何トンになるかも分かりません。
……そう、思われたのですが。
もぐもぐ、もぐもぐ、もぐもぐ、もぐもぐ――――。
見る見る間にウルを取り込んでいた怪物の体積が小さくなっています。
シモン達の攻撃で弱っていたとはいえ、それでもちょっとした小屋ほどの大きさは残っていたものがすごいスピードで食べられていきました。しまいにはウルの腹部から下の、まだ肉体が融合している部分まで無理矢理身体を折り曲げながら、齧って、食べて、飲み込んで。
『ぷはぁ、これでようやく動きやすくなったのよ!』
食べ終わると同時に下半身を再生させ、普段通りのウルの姿になりました。
そう、体型も何もかも普段通り。
あれだけの体積を取り込んだのに、お腹が膨れてすらいません。
先の一体を食べ始めてから食べ終えるまで僅か二分ほど。
あのレンリをも上回る恐るべき食欲です。
『でもまだ全然食べ足りないの。食べれば食べるほど力が湧いてくる感じなの!』
ウルの視線の先には、同じ怪物がまだまだ三十体以上。
驚愕の余りに戦士達の手が止まり、新たに何体かの分裂を許してしまいましたが、今のウルにとってはご馳走のおかわりが来た程度にしか見えていないようです。
『ふっふっふ、いただきまー……』
ここに来て、これまでいくら斬られようと焼かれようと積極的に反撃する様子のなかった怪物達が、初めて意思のようなものを見せました。ウルに対して脅威を覚えたがゆえの防衛本能なのか、長く鋭い針を伸ばしてきたのです。
「皆、気を付け……なっ!?」
『なの?』
三十数体もの怪物が全身から伸ばした針の数は、果たして何百本か、何千本か、あるいはそれ以上か。まるで巨大な栗かウニにでもなったかのような……いえ、普通の栗やウニだったら、身を守るためのトゲを積極的に刺してきたりはしませんが。
数えきれないほどの針は、強靭にして柔軟。
いわば、槍の鋭さと鞭のしなやかさを併せ持った武器。
そんな針の全てが、ウルの小さな身体を串刺しにしようと向かってきたのです。あるいは最初にウルが襲われた時のように、化身の身体を構成する要素を吸い尽くすつもりなのか。
『ふふん、そんなのへっちゃらなの!』
針が伸びてきて刺さる前の刹那。
普段は肩の高さで揃えているウルの髪が、ぐん、と伸びました。
同時に長い髪の一本一本が蛇のように蠢き……いえ、蛇のように、ではなく本物の大蛇と化して迫り来る針を噛み砕いたのです。
『あぅ、ちょっと狙いがズレたの……』
まあ、針の数が多いので一本も漏らさずとはいきませんでしたけれど。数本の針に頭やお腹を刺され、案の定、再び身体を融かされて吸収されそうになり――。
『そうはいかないの! 今度は我が全部食べてやるのよ!』
しかし、今度は吸い尽くされるよりもウルの反撃のほうが早かった。
蛇と化した髪が今度は植物の根のような形に変じると、自分がやられたように怪物達の身体に突き刺さりました。そして植物が大地の養分を吸い上げるようにして、逆に怪物の肉体を吸い始めたのです。
『うーん、口で食べるのと感じは違うけど、これはこれで美味しいの』
「だ、大丈夫、なの……それ?」
今のウルの状態は、何本もの針に突き刺されながら同時に自分の髪を相手に刺して、互いに養分を吸収し合っているというもの。かなり壮絶な見た目になっています。
ちなみに怪物全部とウル一人の、相手を吸収しようとする力はほぼ互角。
刺さっている針を抜くか壊すかすれば怪物の吸収力は落ちるので、ややウルが有利でしょうか。絶対的な優位とまではいきませんが。
「というか、ウル。そなた、さっきから迷宮の外なのに実力を出せておらぬか?」
『あ、言われてみればそうなの。むしろ、自分の迷宮にいる時より調子が良いくらいなのよ。世の中、不思議なこともあるのね』
「そ、それで済ませていいのだろうか……?」
謎はますます深まるばかり。
とはいえ、ウル当人は突然のパワーアップにも疑問を持たず状況を受け入れていますし、まあ、これはこれで好機には違いありません。
「……ええい、細かいことは後だ。皆の者、今が好機だ。ウルが敵を足止めしてくれている間に針に注意しつつ敵を削れ!」
ウルに養分を吸収されている影響か、怪生物の再生や増殖スピードは目に見えて遅くなっています。時折、新たに針を伸ばした攻撃があっても狙われるのはウルばかり。これならば……子供を盾にするようで心情的に後ろめたくはあるものの……人間達の攻撃で一気に倒しきれるかもしれません。
こうして戦場の趨勢は人間達に傾いたかのように思われたのです、が。
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《おまけ》




