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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
七章『終末論・救世機関』

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ウル、大ピンチ?


 いったい、何がどうしてそうなったのやら?

 大きく損傷した怪生物から、行方不明になっていたはずのウルが生えてきました。まるでキノコやタケノコのようにニョキニョキと。



「えと、これは……引っ張れば、いいの……かな?」


『あ、無理矢理やると、多分、我が真っ二つになっちゃうと思うのよ。半分は出てこれたけど、お腹から下はまだコレと一体化したままなの』


「それは……あんまり、見たくない……ね」


『まあ、最悪それでも仕方ないけど、なるべく優しく助けて欲しいの』



 行方が分かったのは良いとしても、無事かどうかはまだ分かりません。

 生えてきたのはウルの胸元から上だけで、そこから下はまだ怪物に埋まっているのです。しかも、ただ肉に埋まっているだけではなく怪物と融合したような状態で。ルカやライムあたりが強く引っ張ったら、脱出はできても身体が腹部から真っ二つに裂けてしまいそうです。



『やれやれ、まったく困ったものなの』


「ウルちゃん……リ、リアクション……軽い、ね」



 まあ、ウルならバラバラになっても痛みを感じませんし、すぐに新しい身体で復活できるのですが。ある意味、犠牲者がウルだったのは不幸中の幸いと言えるかもしれません。これが例えば、普通の人間が怪物に取り込まれて肉体が一体化している、とかだったら相当に悲壮感のある雰囲気になっていたはずです。

 だからといって、まったく気は抜けませんが。

 現状、積極的に攻撃してくる気配はありませんが、仮にこの怪物が人間も吸収・融合するような性質を有しているとしたら、想定される危険度は大きく跳ね上がります。増殖や巨大化する性質も考慮すると、建物が壊されるだけでは済まないかもしれません。



「それにしても、いったい何がどうしてそうなったのだ? もしかしたら、現状を打破するヒントになるやもしれん。分かる範囲で教えてもらいたいのだが」



 依然、ワケの分からないことばかりではありますが、こうしてウルと会話のできる機会を得られたことは一歩前進と言えるでしょう。あまりのんびり話す時間はありませんが、ただ闇雲に戦うだけでは光明が見えないのも確か。

 もしウル自身が気付いていなくとも、会話の中から現状を打破するためのヒントが見つかるかもしれません。シモンは、一縷の望みをかけてウルに問いかけました。



『そうね、話せば長くなるの。あれは――』



 あれは今から二、三時間ほど前のこと。

 お小遣いでオヤツのドーナッツを買ったウルは、せっかくなら景色の良いところで食べようと思って市壁の外の新市街予定地まで出てきました。

 最近の工事で元の平原は大きく形を変えてしまいましたが、何も見渡す限りの土地が全部開発されたわけでもありません。現市街の西にある予定地の、更に西の外れには良い感じに草花が茂った丘が残っているのです。


 そこに向かおうとしたウルは、先日も来た博物館の建設予定地近くを通って、



『いきなり倉庫の壁に穴が開いたと思ったら、細い針みたいのがギューンって伸びてきてお腹を刺されたの』


「刺さっ……だ、大丈夫、なの……それ?」


『うん、それだけなら全然大丈夫なのよ。我は強い子なの』



 博物館の仮倉庫の壁に小さな穴が開いたと思った次の瞬間には、伸びてきた針のようなものに腹部を刺されてしまいました。

 とはいえ、ウルは痛覚を自在に操作できますし、刺された傷自体は小さなものでした。それだけなら、ちょっとビックリした程度で済んだのですが、



『でもね、刺されたところからストローでジュースを飲むみたいに身体の中身を全部吸われて、ついさっきまでコレの中でドロドロの状態だったのよ』



 どうやら、かなりグロテスクな状態になっていたようです。

 全身がドロドロのグチャグチャになるくらいまで融かされてしまったら、普段のウルなら化身の身体や意識が消滅してしまうはずなのですが、何故かそうもなりません。



『何故だか意識が残ったままだし、かといってアレの中だと上手く身体を造れないし、逆に本体にまで浸食されそうになるし……あっ、そうだ。あの時持ってたドーナッツ、あの辺に落っことしたままなの!? まだ食べてないのに!』



 何やら新しい情報が出てきました。

 無論、ドーナッツのことではありません。

 シモンは話が逸れる前に慌てて詳細を確認しようとします。



「そなたの本体というと第一迷宮のことだな。それに、浸食された?」


『そうなのよ。我と本体は、ワイヤレス? ……で、見えない繋がりがあるんだけど、その繋がりを逆に辿って本体まで吸われそうになった、みたいな? まあ、我の本体はお利口さんだから、大きいダメージを受ける前にここにいる我とか、他の影響を受けたかもしれない部分を切り離してスタンドアローン? 自己保存モード? ……に入ったはずだから大丈夫なのよ?』



 ウル自身のことなのに疑問符がやたら多いですが、実際、ここにいるウルは本体側がどういう対策を取ったかということは正確に把握していないのでしょう。怪生物に取り込まれた直後以降、本体との見えない繋がりも消失したままのはずです。



「それは、何というか……物凄く大変な状況なのではないか?」


『まったくなの! 折角、今日は奮発してちょっとお高いお店のドーナッツを買ったのに……』


「すまぬが、今はドーナッツのことは忘れてくれ。後で好きなだけ買ってやるから!」


『好きなだけ! 分かりました、なの!』



 落っことしたドーナッツのことを思い出したウルはぷんすか怒りながら、未だ自身の下半身を取り込んだままの怪物をぽかぽか叩いています。無論、まったく効き目はありません。シリアスな空気を保ちながら建設的な会話をするのも一苦労です。



「というか、いよいよ意味が分からんぞ。ただ暴れるだけならともかく、見えない繋がりを辿って迷宮を浸食だと? 俺も詳しくは知らぬが、こんぴゅうたぁうぃるす、みたいなものなのか?」



 いくら地球の知識を知っているとはいえ、流石のシモンやライムも電子技術には詳しくありません。しかし、手持ちの材料が少なすぎて断定まではできないにせよ、物理的に直接触れてもいないのに遠隔から悪影響を及ぼすという特徴は、たしかにネットワークを通じて送られるコンピュータウィルスに近しいものがありそうです。


 ウルの言葉を信じるならば、本体側の判断でその悪影響の遮断には成功しているはずですが、それでも完全に普段通りとはいかないのでしょう。他の迷宮達と連絡が取れないのも、外部からの影響を遮断しているのが原因かもしれません。



「他の迷宮からそなたに連絡が取れないというのは本体の判断が理由か」


『うん、多分そうなの。今も話せないし』


「ドロドロに融かされたのにウルが消滅しなかったのは、コレが迷宮との繋がりを利用するためにあえて生かしておいた……? いや、それは流石に考えすぎか」



 新たな情報は増えましたが、結局、不明点が更に増えただけのようにも思えます。弱点や、せめて戦う上での指針が得られたら良かったのですが、決定的な打開策などは一向に見当たりません。



『まったく、我やみんなを困らせるなんて太い奴なの』



 打開策などは見当たらなかったのです、が。



『考えたら何だか腹が立ってきたけど、我のパンチも効いてないみたいだし』



 どうしてそうしようと思ったのか。思ってしまったのか。



『こうなったら奥の手を見せるしかないみたいね! あーん……』



 大口を開けたウルが、自身と融合している怪物に、



『がぶり』



 と、噛みつきました。


 熟練の戦士達が武器で攻撃しても効果が薄いのです。そんな怪生物に子供の咬合力で噛みついたくらいでは大した傷が与えられるはずもなく。



『うーん、思ったより歯応えがあるの……もぐもぐ』


「そ、そんなモノ食べたら腹を壊さぬか?」


「早く、ぺっ、て……したほうが……」



 実際、ウルの与えた傷はごく小さなものでした。

 ダメージとしては微々たるもの。



『これくらい、大丈夫な……え!?』


 

 しかし、物事の流れを変えるきっかけというのは、往々にして意外なところに転がっているものなのです。



『こ、コレっ……すっごく美味しいの!』


 


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