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蹂躙


「はじめまして」


 貰ったチョコレートをもぐもぐ食べているエルフの少女。

 突然この場に湧いて出たとしか思えない相手に、レンリ達三人はしばし呆気に取られて反応できずにいました。



「ご馳走さま。ありがとう」


「え……? あ、どういたしまし……いや、そうじゃなくて」



 何故かお礼を言われてしまったレンリは、ようやく我に返って謎の人物に問いを投げようかとしたのですが……、



「ところで」



 残念ながらすでに手遅れでした。



「罠を壊したのは貴方達?」



 その言葉が終わった瞬間、凄まじい殺気と、これまで秘めていた膨大な魔力が謎エルフから放たれました。



「きゃっ!?」



 鋭い悲鳴が上がり、その声に呼応するかのように周囲にいた虫や鳥達が一斉に逃げ出しました。

 少女は指一本動かしてはいませんが、物理的に潰されてしまうのではと一瞬本気で錯覚するほどのプレッシャー。まるで呼吸の仕方を忘れてしまったかのような息苦しさ。

 それほどの重圧を受けた三人は、思考の全てが本能的な恐怖と生存欲求で塗りつぶされ、思わず反射的に動いてしまったのです。



 まず最初に動いたのは、位置的に少女の真向かいに座っていたルグ。

 彼は迷宮内で禁止されているルールも忘れ、腰の鞘から角剣を抜きましたが、



「……っ!?」



 目を逸らしたワケでもないのに、剣を抜き終わった時には少女の姿が掻き消えていました。

 眼前の事態を認識するまでに要した時間は約二秒。



「ど」



 ルグが「何処だ?」と言い終えることはできませんでした。

 彼が最後に認識したのは、顎先の皮膚に触れる微かな感触。

 拳闘ボクシングの試合などでも極稀にあることですが、ジョーに触れるか触れないかという鋭い一撃で脳震盪を起こし、瞬時に意識を絶たれたのです。






 しかし、彼が稼いだ時間は全くの無駄ではありませんでした。

 僅か二、三秒の間でしたが、その間にレンリは立ち上がって振り向き、逃げ出すことができたのです。


 ……まあ、ほんの四歩分の距離でしたが。

 この追跡者を相手にそれだけの距離を逃げられた功績は賞賛にすら値するでしょう。



「え?」



 五歩目の足が地面に届く前、レンリは視界が縦にぐるりと回っていることに気が付きました。傍から見ていると、彼女が突然宙返りでもしたかのように映ったことでしょう。

 彼女は回転した勢いをそのままに両足で着地……はできませんでした。そもそも、足で立つことができなかったのです。気が付いたら両足を前に投げ出して地べたに座っていました。


 何故か足に力が入らず、立ち上がれないことに疑問を感じたレンリが視線を泳がせると……、



「……? ひっ!?」



 自らの両足が、正確には膝と足首の関節がありえない方向に曲がっているのを見て、彼女はようやく自分が何をされたのかに気付きました。

 恐らくは、縦回転するように投げられた一瞬、足が上側を向いた時に両足の関節四箇所を外されたのでしょう。どういう技術によるものなのか不思議と痛みや違和感は、それどころか触れられた感触すらも感じませんでしたが。

 ぐにゃぐにゃに曲がった足を認識して、思わず悲鳴を上げようとした直前、



「……あ」



 レンリもまた意識を喪失しました。

 パニック状態に陥っていたこともあり触れられていることにすら気付いていませんでしたが、気絶する十秒ほど前から彼女の背後にエルフの少女がおり、両手の指でそっと頚動脈を圧迫されていたのです。


 頸部に対する締め技には、気管を絞めて窒息させるものや、頚骨をへし折る力業などもありますが、それらは凄まじい苦痛を伴いますし、技が完全に入っても数秒程度で意識を落とすことはまず不可能。

 しかし、的確に頚動脈を圧迫して脳への血流を止めたならば、ほんの数秒から十数秒もあれば人はほとんど苦痛なく意識を失ってしまうのです。






 こうして二人が気絶。

 残るはルカだけとなりました。


 野生の世界において、天敵の肉食獣に襲われた獲物の行動は、大まかに三つに分けられます(一切の抵抗を止めて諦めるという選択肢を含めれば四つ)。


 一つは反撃。

 一つは逃走。


 高度に発達した脳機能を有し、野生を喪失したように思える人間もまた動物の一種。

 突然事故や事件に巻き込まれてパニックに陥った場合は、野生動物と同様、本能に刻まれた行動を咄嗟に取るものです。ルグやレンリの取った行動もその枠の中に入るでしょう。


 そして、ルカも他二人と同じく本能的な行動を取っていました。

 


「…………っ!?」



 ただ身体を丸めて、危険が去るまでただじっと耐えるという防御行動。

 ハリネズミやアルマジロ、あるいは亀などを想像すれば分かりやすいでしょうか(寝技系の格闘技における、いわゆる「亀のポーズ」もここから来た発想でしょう)。

 大抵の生物であれば身体の強度や構造上そもそも取り得無い手段ではありますが、野生動物の甲羅や針にも相当する、ルカの極めて頑丈な肉体があれば不可能ではありません。


 身体を丸めてガタガタ震えることしばし。

 実際には一分程度でしたが、ルカの主観では何時間にも思えるほどの時間が経過したようにも感じていました。状況はほぼ不明ながらも未だ感じる殺気を受けて、きつく閉じた目には涙が浮かび、恐怖で奥歯がカチカチと鳴っています。


 ですが、彼女はまだ幸運でした。

 下手に抵抗したり逃げようとしなかったのが偶然にも功を奏したのでしょう。

 襲撃者の話し相手として選ばれたのです。



「貴女、名前は?」



 突然、周囲の空間全てを埋め尽くすような重苦しい殺気が消え、声が聞こえてきました。

 ルカが恐る恐る顔を上げると、目の前には先程のエルフ少女が立っていました。今度は特に姿が消えるでもなく、ごく普通に認識できます。

 更にはルカが目を閉じて震えている間に処置したのか、両足の関節を元通りに戻されたレンリと、剣を鞘に入れられたルグも先程まで座っていた場所に寝かせてありました。一見すると、ただ安らかに眠っているだけにも思えます。



「貴女、名前は?」


「ひゃ、ひゃい……!? ル、ルルルカカ……です……っ!」



 二回目の問いを受けて、ルカもようやく自分が名前を尋ねられているということを理解しました。まだ身体の震えが止まっていなかったので、言葉のつっかえ具合も普段よりだいぶ悪化していましたが。



「ル、ルルルカカ? 変わった名前」


「あ、いえ……ルカ、です」



 相手の天然ボケのおかげで、意図せず緊張がマシになったようです。

 改めて名乗り直したルカに対してエルフの少女は、



「私はライムという」


「ライム……さん?」


「どうして私の罠を壊したのか教えて欲しい」



 自らも名乗りを返し、先程の罠を台無しにされた件について、改めて説明を求めるのでした。



やっと前作キャラの名前を出せました、長かった……。

もう一人の続投キャラである彼についてはいずれまた。


ちなみに、今回の彼女はこれでも相当手加減しています&師匠にはまだ全然敵いません。

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